5/26/2017

中間お知らせ VI


今日26日は夫ドンの誕生日である。 70才の日本で云う古希のおめでたい(?)日なのだ。 で、どんなお祝いをするのかと興味を持って見守って下さる方々には何か肩透かしの様なものだが、まったくもこれといったお祝いはしない。

というより、その当人が此処にはいないノダ。 
出発する間際まで「一緒に行こうよ」としつこく言っていたドンであったが、一昨日にアリゾナ州、カリフォルニア州に10日間の旅に出掛けた。
 彼の双子兄弟ロンと二人でラスベガスでお祝いして、その後故郷のカリフォルニアの姉宅へ出かけたのだ。
米国東海岸から西海岸までの飛行は直行便であっても長時間かかる上に、州を跨いで長ドライブなどは私には耐えられないので、行きたくなかったわけだが、当人が好きで出掛けるのは自由である。
 孫娘のクリクリスティーナが子供であったころは彼女のバトントワーリング大会にラスベガスには何度か行っているし、カリフォルニアには10年以上住んでいたので、新たに行ってみたい所でもなく、サンフランシスコは私の好きな都市のひとつでもあるが、今は昔の勤務先として懐かしむ程度である。 

今年も異常気象が例年よりより暑さを増したアリゾナでは、亜熱帯のこのフロリダとは違った暑さであるようで、この年での気候差は体に悪影響を及ぼさないことを期待して、ともかくも古希の貴方、おめでとう。(あと半年で私も古希かぁ、、、)

5/01/2017

中間お知らせ V

昨年もこの頃は同じ事を云っている。
「もう5月。今年は始まったばかりと思っている中、今年も半ばに入っている」と。
いつからか、月日の流れは急ピッチで、それに付いていくのが喘ぎあえぎのやっとという状態であり、現存世界から取り残された感が常に感じてはいる。

曾孫カーナーの生後一週間の顔を見て、もう数十年も思い出す事のなかった息子ジョニーの誕生の面影を見出して、やはり同じ血が流れているのだなぁと改めて思ったりしている。

そうか、日本であったら、5月人形を飾り、鯉のぼりを立てて祝うところなのだね。
昨日の日本の情報番組で桜満開をバックに沢山の鯉のぼりを上げている写真が出ていた。
親代わりで孫達3人を育てていた時は夢中であったのが、3人共に成長し、家を離れてからは自分の役目は終わったと感じて、気が抜けた暮らしに取って変わったようだ。
そんな時がまた流れて、今日は日曜新聞の広告チラシを見ながら、今年のクリスマスの頃は8ヶ月になっているカーナーにはどの様な玩具を買い与えたらよいものか、と久しぶりに玩具販売店の品々に目を通したりしている自分が、ちょっと嬉しかったりしている。 
この児が何歳になるまで、私は見る事ができるのだろうかと考える。
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旅行に出ようとドンが何度も誘ってくる。
でもねぇ、私はこの年典型的な出不精なんです。
何日もの誘いに「無理、無理」と云い続けて、やっと諦めてもらった。
今月末にドン独りで出かけてくるようだ。アリゾナ州とカリフォルニア州の親族訪問をするようだ。
もともと社交性に欠ける私の性格をして、今この年での親族訪問はちょっとキツイ。
どうも私には普通会話というか、言い慣れぬおべんちゃらを並べてニコニコしているのが今の年齢ではストレス以外の何物でも無いように感じられる。
ドンの性格は私と真反対のところがあるので、彼の行きたいという気持ちは解らないでも無いのだが、お互いがしたいことを個々でやれる年齢になったのだと、私は私なりの納得をしている。(身勝手と云われるかもしれないが)
何歳になっても旅行好きな人はいるわけで、若い頃の私は独りで渡米も平気だったわけなのに、今になっては、どうしてこのように出不精になってしまったものなのか解らない。
主治医までもが「一緒に旅行に出ると良いのに」なんて言うのだが、私にはその事を考えるだけで疲れてしまう。
行かないと云ったら、行かないノダ。(相当ここの所は頑固)
「これだから頑固な年寄りは嫌だね」と言う声が何処からか聞こえてきそうだ。
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4/24/2017

中間お知らせIV

物持ちが良く、ずっとガラケーの携帯を使っていた夫ドンが、私のi-phoneが故障したのに合わせて(私はドンとは正反対で、電化製品や機械の故障が著しいのだ)サムソンキャラクシーS8に替えた。
AT&Tの社員さんがドンの古い携帯を手に取って、「もうこの機種は古物商品でも滅多に見る事がありませんよ」と笑っていた。そして”Welcome to 21st century with this new phone.”とも言われた。笑
私はグーグルのアカウントを持っていて、この機種替えにも難なくトランスファーが滞りなく、それにサムソンタブレットを使っているし、東芝のラップトップにも全機シンクしているので、特別何もしなくてもそのままで前と同じメニューが組み込まれているのが便利な点、ドンはガラケーからスマホへの移行がかなり難しいようで時間がかかっていた。
帰宅して、二人でアレコレとメニュープログラムの変更などをやったのだが、ドンは何やら大変な思いをしているようだ。
機械に詳しくない私でもアレコレやってみて、ドンにそれを見せて説明するのだが何やら大事で、側の息子ジョニーまで巻き込んで(彼はソニーのエスペリアの新種スマホ)ワイワイやる始末。
とにかく、この年での新種機械を弄るのは大変な精神エネルギーを必要にするのが解った。(操作する手や指も震えたりするしね)
スマホは各社、毎年新機種が出るようで、今のところでは新しくっても、毎年どんどんモデルが更新していくわけで、このスマホを私達があと何年使うのは確かでは無いのだが、この年となっては私達がこの後の寿命を考えると、これから何台もの機種替えがあるとは思えない。
「これが私達にとっては最後のスマホと考えて大事に使わなくっちゃね」と夫婦で苦笑いをしている。
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いやぁ、まったく! 昨日のニャントリオは散々だった。
まず、キオニが私の場所であると思い込んでいる台所の居間壁側のカウンターにドンが使用中のラップトップを置いたのが気に入らなかったのだろう、それにシーシーをかけて、故障させてしまった。
ジョニーからのクリスマスプレゼントの新機種で、半年も使っていないやつだ。
アシュリーは以前にテレビにシーシーで故障させてしまったし、今度はキオニがドンのPCを壊すという、大損害に私達夫婦は唖然とするのみである。
ドンは仕方なく以前の古いPCを出してきて、また起動させている。「どうせ壊すのなら、此方の古い方をやれば良いものを、、」と今更云ったところで、ニャンには新しいも古いも同じドンの私物の匂いがしたのだから、仕方ない。
で、昨夜は3匹ともに私達の寝室にやってきて、大暴れをして、私は何度か目覚めさせられ、一度はイカイカがシッテイングルームのカーテンにぶら下がっていて、爪がひっかかって降りられないとミィーミィーと鳴いてたり、抱き下ろしてあげたら、次にはアシュリーにちょっかいを出しては彼女をフーっとかハーっとか怒らせるのを面白がって何度も繰り返していて、それをやるのをキオニが観戦するのにドタドタと走り回ったりの3匹で大騒ぎの一晩であった。
2才を過ぎ、ちょっとは大人になって、子猫の時の様なドタバタ騒ぎをしなくなったと思っていた矢先にこれだもの。何なのだ、君達は?
一昨日の大雨でパテオに出られず、家の中にじっとしていては退屈でたまらなかったものなのか、今朝はパテオにもエネルギー発散の跡があちこちに見られた。
やれやれである。
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訪問看護でお産婆さんナースの助言により、曾孫のカーナーが急遽黄疸の一日療養入院をする事になったと連絡があった。
緊急治療に向かった先の病院(我が家から車で10分のところにある)では、その専門医が本館の方に滞在しているとかで、そこから車で20分先の本館病院に移されたとの事。
クリスティーナが現在25才でジョニーの勤務先(アメリカン航空)の保険で26才になるまでの半年はカバーされているとの事で、カーナーも半年はジョニーの医療保険で賄われるはずなので、今回の目が飛び出すくらいにかかる医療費は、何とかなるのかもしれないが、半年後の事を今から考えておく必要があるようだ。
何せ、医療費は世界一の高額であるこちらの制度では、日本の医療費の6倍以上高いそうで、日本のような国保も無いので、これからが大変である。
現在は低所得者や一般企業無保険所持者に何とかしようと、オバマケアというのが出来たのも今のトランプ政権ではそれを取り除く政策もなされているし、高額所得者、裕福階層以外の人々は医療に悩ませ続けられているのが、この国の現状であり、暗い話はしたくないと思いつつも、この曾孫カーナーには決して住み良い世間とは言えないのが哀しい。

  • しかし、どの時代でも、どの世代にも、色々な障害があるのが普通だと心得て生きていか無ければならないことだけは確かな事実である。



4/22/2017

中間お知らせ Ⅲ             I

産まれました!
←曾孫のカーナー・ライアンです。
今の時代に、彼女なりの考えで産婆さんに来て貰っての自宅分娩を選んだ孫娘のクリスティーナ(25)です。

同居のパートナーのライアンとは正式に結婚をする気が無いらしい。(子供の名は正式に親子関係を届けてはいる)
一般的な人間である凡人の私には彼女の強い考えが何とも理解に困窮するところではあるのだけれど、彼女の人格を尊重してあげたいと夫のドンとは話している。
シングルマザーになる事を快く思っていなかった息子のジョニーも今朝のフェイスブックには「これで正式にグランパになりました」と発表して嬉しそうであったが、その心境は複雑なのかもしれない。

クリスティーナは出産のその日までイタリアンレストランのウェートレスと経理事務所での秘書のパートという2つの仕事を掛け持ちでこなすという状態を続けたのが、私や息子の性格からしての遺伝とは到底考えられないので、これはママ側のフィリピン人系の基礎があるからなのかもしれない。
真面目ではあるが、気が強くて、頑固であり、自立精神が旺盛である。(悪く言えば、ちょっと可愛げの無い女とも言えようか)

幼い頃から大学入学期までを私の養育下で、心に多くの問題を抱えていたのだろうと、今その時期を振り返って思う私である。(彼女の弟達と比べると、反抗期が長かったとも思えるのは、私の彼女に掛けた期待が彼女には負担であったのだろう)
私の養育方針が確かで、正しかったとは今は到底考えられないのだが、悪い人間に育ったとは思えないので、一応は安堵している。

今は隣町に暮らしている彼女と会うのは月に一度あるかないかの状態であり、私の生活下から出て、もう6年近くにもなるので、流石に今の私には彼女の気持ちを察するのは難しく、私達からはお互いに平和を保つように気使いをしているのである。

カーナー君、どうか元気で賢い子に育ってください。
何時の日か、ママから君の曾お祖母ちゃんが日本からの渡米人であった話を聞く機会がやってくる事でしょう。君には8分の1の日本人の血が流れています。

これからカーナー君のお顔拝見に行ってきます。

4/08/2017

中間お知らせ II

「今日はまた冬に戻ったみたいに寒いよ」とドンは言いながら、何時もの冷房を切って、空気の入れ替えをする為に窓や戸を開け放している。
薄いノースリーブのワンピース一枚では肌寒いので、ニットのカーディガンを羽織って階下に降りると、少し冷たい風が台所窓から吹いてきている。
余程の低温かと思いきや、摂氏19度と温度計が現れていて、昨日日中の30度越えからするとさすがに肌寒さを感じたのだが、「なーんだ、これだとお花見日和なのじゃないの」と独り笑ってしまった。
これくらいが私の体調には最適らしく、少なからず悪状態とは感じられない。

 

今朝の10時から、シャーンの薬科大でのホワイトコート・セレモニーがストリームで実況された。(薬科一年卒過程衣授賞式)
わざわざ式典にゲインズビルの大学まで向かった親御さんも沢山いるのか、私達(ドン、私、息子ジョニー)はクリームチーズ・サーモン・ベーゴとコーヒーで朝食を取りながら各自のパソコンで式典を楽しんだ次第。
今はPCから直接写真を撮れるので、現場にいずしてその場を写せるのが便利である。
彼はあと3年間の勤勉が強いられている。頑張れっ!

昨日から末孫デイヴィッドはWGI(ワールドガード世界チャンピョン大会)のサブコーチ兼応援でオハイオ州デイトン市に出掛けている。大学とユニクロ勤務先からは一週間の休みを得ているという。
WGIのパフォーマーは16-21才までなので、パフォーマーとしての会員としては今年が最後であり、コーチとしてしかメンバー資格がなくなる。(故にクリスティーナは既にメンバーから退員している)
末孫も成人認証されるのはあと一年を残すのみとなった訳である。
子供達がどんどん成人となっていき、私はどんどん老人となっていく、それが世の常というものだものね。

来週あたりには私達夫婦の曾孫が産まれるやもしれない。
クリスティーナが家を離れて暫くになってくると、曾孫が出来るという事が何だか他人事の様な感じであって、あまりしっくりこない。あれほど母親代わりとしてクリスティーナの成長に関わって来た私は、今としては母親役からすっかり降りたような、妙な気分でもある。
クリスティーナは女性として誰よりも自立心が強く、独りで頑張るのが自分の生き方であると信じているのだろう。(それで、ボーイフレンドのライアンとは同棲していても結婚は憚っているのである。因みに私達家族も彼らの結婚は望んでいないのである。モラルに反すると言う人もいるかもしれないが、これが新しい家族形成の一つではあるので、私達の口を出すには及ばない。彼女の人生は彼女のものであるものね。)

最近のニャントリオは二才は子猫の時のようなドタバタはあまりやらかさなくて、ものを壊すのは少なくなったが、(もっとも壊すものが無くなってきたこともあるか)Don't call me, I will call you.精神は同じままである。(生意気ニャンコには変わり無く)
毎日私が同じ行動をしなければ、何か心配らしくて、ちょっとでも違う事をしたり、新しい品を見つけると、情緒不安定になるらしい。(変なところが、気にし過ぎなのである)

ドンが3年ぶり(?)にまた陪審員を意義つけられて、腐っている。
一週間の登坂となり、朝早くに出掛けるのが今はちょっと辛いのだろう。
でも、こちらの法律では70才からは陪審員拒否が出来るので、これが最後のお勤めと我慢しているに違いない。(私もあと半年ちょっとで、拒否権が出来るのでそれまではまた呼ばれないことを祈っている)


3/20/2017

中間お知らせ

今日20日が春の初めです。
そんな中、私は何時もと変わりない暮らしをしている事を休載の中間報告としてお知らせさせて頂きます。


2017年の3月の私(2つの夢)

3月初旬の私の体調は何故か不調であり、これといって何処が痛いとか、辛いとか言うわけでも無いわけであったが、鬱症状が一段深まったという感じに身動きが儘ならない日々であった。
新しく受けた投薬の副作用もあったものか、左足底と右上半身に発疹も表れ、右目が何ともピントが合わせられない状態というか、目が回る様な感覚が常にあって、ちょっとの体の動きで息が上がり苦しく、顔面を含め体中に冷や汗が出た。
ぐったりとして頭が空白の状態に、投薬の作用もあってか睡眠は何時もよりも浅く、が、長くても何の夢というものも何も感じられない夜が続いた。
体調が回復に向かっているらしい夜には夢を見るようになった。

そんな或る夜、無宗教家の私には何とも説明のつかない不思議な夢を続き様に見た。
何故か岩山をよじ登っているのか、又は、崖の上から誰かに落とされたらしい私が辛うじて崖壁に張り付いているのか必死にその崖を上に向かおうともがいていた。
一足上によじ登れたと思った瞬間に知らない白シャツの男が姿を現し、「来れるものなら、来てみたら良い。これを貴女が掴むことが出来るのなら。どうだ。出来ないであろう」と私に向かって叫んでいる。
その白シャツ男の手をかざした先に小さめの火に燃える十字架が2個浮かんでいる。それらを掴むと、どうやら私の体はその崖を登り切れるらしいのだが、たいまつの様な火の塊の十字架を掴むと手が火傷をするのかもしれないという考えが私の頭を横切り、その真っ赤に燃える十字架を見つめるばかりの私であった。
躊躇している私が「バーニング・クロス(火に燃える十字架)の意味は何だろうと考えたその時に、目覚めながらも頭の中にはっきりとその様子が見えていた。
その日から数日はあの十字架を思い出しては、あれはどういう意味があったものやら、まったく何の意味ももたない唯の記憶の一端であったものか、私には解らない。無理に解る必要も無いのかもしれない。
宗教家の人々には確かにバーニング・クロスには何らかの意味があると、いつか聞いた事はあるが、無宗教家の私がこの夢を見たという事が何とも不思議である。


そして体調回復途にあると思っていた2,3日後に再び嫌悪感が戻り、視力が落ちて頭が朦朧として、鬱病の重症化によるらしい、生きる力というかエネルギー低下を起こしていると自覚した。
もしかして、明日は目覚めないのかもしれないという感覚に襲われたその夜に、夢を見た。
何処か野原を歩いていた。何とは無く静かで広々とした野原の一本道を何処へ向かっているのか解らないままに唯歩いていた。暫くするとその道の先は轟々たる河が横切っていているのが見えてきた、その水力の荒々しさは地を揺るがすほどの響きを轟かせていた。
誰か声が私の耳に「どうしますか。この先へ進みますか。」とはっきり聞こえた。
荒々しい怒号の河が私の道の先を浮かんでいるかのよう横切っているのを見ても不思議とも思わずに、その凄まじい流れを見た私は「こんな荒々しい河を行くなんて私には到底無理な事だ」と応えたように思う。
首後ろと頭にかけての痛みで目覚めた。視力が普通に戻り、頭痛こそあれ思考も普通の様で辛い目覚めではなかった。が、頭の中にまだあの荒々しい河の様子が写し出されていた。
他人が俗に言う、三途の川というものはもっと優しい小川のイメージであるものだが、私が見た河はそんなのとは全く違っていたので、果たしてあれは私にとっての三途の川であったものとはちょっとばかりは信じがたい。
今までにも何度か私の夢の中に表れる川というものは、幅広く流れの速い大河ばかりで、何時も小さな細く頼りなげな吊り橋が掛かっていて、とても渡り切れる状態ではなく、私はそれを対岸から見るだけに終わっている。まるでカナダ側のナイヤガラの滝の対岸を流れているあの大きな川にも似ていて、広く荒々しく、時には海と混じり合いまった様子の時もあった。
そもそも、私には水難の相があるものか、水辺と云うものが心地良い環境と感じた試しがない。水というものにある種の恐怖感さえ持っているのかもしれない。

体力が通常に戻った今、この体調不良時の2つの(十字架と川)夢が妙に気になった私である。欧米文化と和式文化が相まったのが、いかにも私らしいと云えないでもない。
この年となって悲観的になっている訳では無いと思われるのだが、在米50年ともなった今の私は日本人でもアメリカ人でも無い、無国籍の人間でもない、1個の塵となった気分でもある。無情。




2/08/2017

休載お知らせ

書いたり書かなかったりのこのブログが、今は書かなかったり、書かなかったりが続くようになってしまいました。
外出するでもなく、来客があるわけでも無い毎日は、特に思うところも無く、安穏と暮らしており、ただただ時が流れていくと云った状況で、話題不足に難を機し、ここ暫くを休載する事にしようと思った次第です。

暫しの間のごきげんよう。