6/15/2012

アレルギー症状の対象



戦後まもなくの生まれで、食糧難からもやっと逃れ、発育に問題があったものの、押しなべて食べ物に好き嫌いも無く、いたって健康に育ってきた私の体調が成人になって、しかも老年期に入ると、とたんにアレルギー体質になったというのが、何だかとても腑に落ちません。幼少年当時の生活環境上で、アレルギー体質という言葉さえ生まれてはいなかったと思われますが、とにかく、今の私の体調を想像にも及ばなかった事は確かです。
今は朝夕の数種類の抗アレルギー投薬は欠かせな日常に、担当医からは「猫を家で飼っている限りは、貴女のアレルギー体質を回復するには至らないでしょうね。投薬で発作は最小限に出来るでしょうから、くれぐれも毎日の摂取を欠かさないようにしてください。」との事。
動物、魚介食品、マンゴーやナスやらのフルーツや野菜の大好きな物は全部私のアレルギー症状を引き起こす原因のようです。最近はナッツも駄目になりました。 成人してから、その症状を出だしてきたということは、きっと食いしん坊の私が、人の一生で摂取できるものをすでに、いっぺんに体の中に入れてしまっていて、その可能摂取量を超えてしまっているのかもしれませんね。私にはありうる話です。
何でも、適度を超えた、やり過ぎ、取りすぎは体には害でしかありませんね。
でも 先週なども、家族の為に大量の海老を茹でて、シュリンプアルフレドを造った際にに、茹でたての海老の皮をむきながら、「一口だけね」と自分に言い訳をして食べたのが、翌朝にはからだに赤い発疹となって、出ましたし、皮むきで、ちょこっと指を傷つけたところが赤く晴れ上がってしまいました。 カニや海老が大好きな家族の為に一週間に一度はそれらを使っての夕食を作るのですが、むろん私は一緒に食する事はしませんけれど。
ニャンを撫ぜたり、抱いたりの毎日は変えることは出来ませんし、ニャンの方だって、案外と人間にアレルギーなのかもしれませんよね。ここはお互い、愛でたり、愛でだれたりの同居生活を変える事は不可能に近いわけですから。それは家族メンバーにも同じことが云えますね。
勤めに出ていた頃はよく冗談に「実はね、私は仕事にアレルギーらしいの」と仲間内で笑ったものですが、実際のところ、それが当たっていたのかも、、と今考えねば説明が出来ないほど体調に回復が見られます。
アレルギー症状を引き起こす対象が増えても、減っていく見通しの無い生活には色々な意味での勇気ある決断と決別が必要になってきていると実感する今日この頃なのです。 色々なお別れや、苦手なものを避けて通るというのが、ちょっと寂しくも思いますが、それも人生の一環でしょうし、時には美しく良く見えても、所詮’腐れ縁’ということもありますから。あれっ、私何の話をしていたんでしたっけ?うん、人間関係の話ではなくて、アレルギーの話でした。ちなみに、私個人、動物に対しては時折ありますけれど、人間を対象に嫌悪感を感じたり、アレルギー症状を引き起こす事はありませんデス。(当たり前だ、の声アリ)