9/22/2013

富士山が新たに世界遺産に登録されたという。
それでと言うわけではないのだが、常日頃から画像での観光名所やら旅の話を見聞きし、自分の知らない世界に浸るのが好きである。
今日は一日「各国の世界遺産の旅」をネット動画で楽しんだ。
自分で体験記行するのと同じに写真や画像で知る世界も充分楽しいものだ。
古くは私を異国の世界に夢中にさせたテレビ番組の「兼高かおる世界の旅」なんてのが小学生だった頃の私を魅了してやまなかった。
(世界遺産日光東照宮の眠り猫と三猿)
私を含め夫、息子(&元嫁)と家族が航空会社勤めであったり、日経旅行会社に数年在籍した事のある私としては、旅行するという行動自体にそれほどの興味と愛着がないのが不思議だと他人によく云われる。

夫は定年退職した某航空会社勤務ではヨーロッパ、アジアや南米諸国でのルート再建責任者としてあちらこちら飛び回った時期があって、観光旅行としてではなく、勤務先への移動といった手段でしかない旅に多いに飽き飽きしてたので、旅行関係業から離れた今は大学での教育会議や研修等の参加の出張をも、それが米国内の旅行であっても極力避けているらしい。
私も同じく勤務当時はそれなりに国外、国内の出張は左程苦ではなかったはずだが、やはり出張旅行はなるべく避けたいと思いつつ勤務していたのも事実である。
真面目人間を称している割にはこのように無責任さがあるのが私のズボラさ加減というものであり、旅行関係業に勤めをもつ者としては失格社員であったと云わねばならい。

今では種々な情報がネット上でも知り得るところから、体力と資金を費やす実旅行体験をするよりも手軽な情報収集画面のみの旅行方法を取り入れてしまっている。
ネットでは情報は得られても、実際の人との触れ合いが皆無であり、その場での人情や文化に直接加わる事が不可であるネット視聴旅行に「ロボットじゃあるまいし、もっと人間味のある行動が出来ないものかね。」と他人には飽きられてしまわれるのも当然と云えば当然であり、それが私の旅行意識の弱点である事は百も承知なのである。
(世界遺産米国アリゾナ州のグランドキャニオン)
それでも若かった頃は家族旅行として、ヴァケーションにホリデーにと、結構出かけたりしたのも事実である。(上写真の日光東照宮やグランドキャニオンも数回観光をした事がある。)
もう昔の話として孫達に聞かせる事があるのだか、息子の高校卒業時に最後の親子旅行になるかとも考えて、嫌がる息子を無理やりに連れての手っ取り早く見聞出切る企画の10日間ヨーロッパ6ヶ国の旅をしたこともある。
当時は引っ込み思案で旅行嫌いだった息子であったが、熟年になった現在の彼はその時の旅行を良き体験をしたとして私達夫婦に感謝しているという。
幼少時代から旅行嫌いであった息子を連れての渡日や、国内外を観光旅行して楽しんだ頃の私達夫婦、何事にも興味津々で人生を進んできたあの私達は今はどこへ行ったものやら、、もういない。

旅をするという事は、その行動をするという意味で、生きるという事と同じに体力を必要とするものであるというのが今日この頃の私の旅に対する思いである。