9/20/2014

読書と脳視力

NYから5日間の休暇で帰省しているジョニーが友人が持たせてくれたのだと一冊の角川文庫単行本を持ってきてくれた。
菅原和也作「さあ、地獄に堕ちよう」とある。
横溝ミステリー賞を受けた作品とあるので、ちょっと期待して読み出したまでは良かったのだが、両目手術後は調子が良いはずと思っていた視力、何とも夜の寝室の光での活字解読は困難だと知らされるはめとなっては、出だしを数ページ読んだだけで諦めざる得なかった。
そういえば、最近は就寝前の読書はタブレットで動画を見たり、小説サイトなどの静止画面での読書をするのが当たり前になってきていて、紙本の活字がよく見えていないのに気が付いていなかったようだ。
そうか、今はデジタル読書より実際の本を読む方が好きですとは云っていられなくなったのか、、と少々気落ちした。
でも、せっかくお友達が持たせてくれたのだから一応読了するのが礼儀かしらん、なんてタブレットで同じ小説をダウンロードして読む事に、、、。
ところが、これが、ミステリーとは云っても全く私の好みの趣向ではない新感覚派の現代的ストーリー展開にすっかり興味が大減退、話半ばで嫌になってしまった。
決して作者が駄作を作り上げたという事では無くて、単に私の感覚趣向にそぐわないストーリーであっただけというのが事実だ。
若い頃はなんでもかでも活字を読む事自体で楽しく時間を過ごせたのに、今は自分好みが狭まってきてしまった感があって、全てに於いて自分好みのものとの出会いが難しくなってきているようだ。
知れば知るほど楽しくなってくる事柄と知れば知るほど嫌になってくるものとの割合は加齢と共に後者が俄然大半を占めるようになってくるのはそれが自然の道理と云うものなのだろうが、ちょっと哀しくも思われる。

脳視力問題とは別なのかもしれませんが、先日脳科学者の澤口俊之氏がテレビでおっしゃっていたのですが、人間が年を増すとそれだけ多くの情報が脳に記憶保管される為に思考伝達網の検索に時間を要するような簡単な計算などの答えを引き出すのが遅くなるので、対応に機敏さを欠くようになるのだそうで8+5=13、13-8=5などの簡単な計算術も答えがとっさに出なくなるのは老年期にはごく自然な脳活動なのですって。
へへ、、これは先日私自身の計算力が、他の記憶力などに比べて思わしくないとこのブログに書いたばかりなので、その言い訳を今していると思われるかもしれませんね。(実際のところ自分のアホ加減に今気休めの言い訳をしとります。)
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左上の写真は最近のイカイカのお気に入りの場所だ。
リビングルームにあるビリヤード台の上が寝床、台所とファミリールームの間のデバイダー棚が家族メンバーの居所確認場で家の中心部だと思っているようだ。
今日もそこで家族皆がそれぞれ何処で、何をしているのか様子を伺っている。クリスティーナが一番お気に入りのニャンで、それを自分でも解かっているらしく彼女の声が聞こえると走って彼女の方に向かっていく。
が、いかせん彼女は外出が多いので彼女の帰りが待ち遠しくてならないのだ。

澄まし姫ニャンのアシュリー(右上写真)はジョニーがNYから帰省すると一番嬉しそうな行動に出たり、ドンが勤務から戻ると嬉しそうに走り寄る男好きニャンだ。

ニャントリオにとっての私は給食やら日常の世話をしてくれるオババと理解しているらしく、「退屈だにゃ~」とか「何か食べたいよ~」とか「遊ぼうよ」とかを訴える相手だと心得ているらしい。日頃は『我物事に関せず』といったニャンの行動だが内心は『構って頂戴よゥ!』というのか見え見えなのがオカシイやら、可愛いやら、猫好きにはたまらない。

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