11/11/2014

ブログ休載のお知らせ

暫くの休載をお知らせいたします。
今年もあと一ヶ月半余を残すのみになり、この時期は押し迫った暮らしがより感ぜられる今日この頃です。
今年中は続けて行こうと考えていたこのブログでしたが、少々の休養を兼ねまして、暫く休載する事に相成りました。
また近い将来、来週か来月か来年かは今のところ考えが及びませんが、その時には、また皆様に私のフロリダ暮らしでの楽しみや愚痴なども含めての日常を語り合えたら幸いと思っております。
皆様が御健勝であられます様、いつの日かまでごきげんよう。

11/05/2014

占いのお話

18才の頃だったと思う。
当時私は町田にある桜美林大学寮に在住していて、何かと小田急線を利用しては新宿をホッツキ歩いていた。
同じ寮生でもちょっとお洒落な人達は渋谷や原宿に出かけていたが、私は新宿の紀伊国屋書店、伊勢丹、高島屋や食事処オリンピック(今はとおに閉店しているそのまた一昔には私の亡母も通ったというカレーの元祖店)を拠点に動いていた。
当時からは物凄い様変わりしている新宿の街角で、その頃「新宿の母」と呼ばれる名高い手相占いのオバサンの列の並んで、手相を見てもらった事がある。
私の掌を見て「貴女は苦労してここまで来られたのですねぇ」と云った。
そんな苦労生活をしてきた訳ではないと思っていたが、「ええ、まァ、、、」と応えておいた。
私の掌は他の人には余り見られないほどに沢山の細かな皺がついていて、幼い頃には友人達には「猿の手みたいだ」と馬鹿にされた事もある。
「でもね、これは500人に一人という幸運の持ち主の手相です。今までの苦労は報われます。特に30代になる頃は良い生活をしている事でしょう。11月産まれの貴女は器官が弱いので、気管支炎などには充分注意が必要です。」とこのように2,3分の会見であった。
今、還暦をすぎての私の掌は以前に見られた細かな無数の皺の多くが薄れ、特に変哲も見られない一般的な感じになっていて「猿の掌」ではない。
喘息性気管支炎に悩む今、ゼイゼイと咳き込む度にあの占いオバサンの予言を想い出す。「器官の病気には充分注意をしなさい」と。
だとしても、私の30代は幸運に満ちると云われたが、実際はそうだったのかな?何となく30代は普通に生活してきたが、それなりの問題点にも常に面して暮らしていたように思う。夫のリストラもその頃であれば、昇格もその頃といった風で。
それも確かとは云えないが、少なくとも大苦労を伴った生活では無く此れまでを暮らせたという事は、一応は当たったと云えるかも知れない。
当たるも八卦、当たらずも八卦である。

その30代の頃であったろうか、勤務先の友人と共に近所で評判になっているというベトナム人の中年女性に占ってもらう事になった。
物凄い癖のある発音英語で、言っている半分をも理解が不能であったが、やっと解かる単語を繋ぎ合わせて私が解釈したところによると、「貴女の将来は余り心配のあるものではありません。旦那さんは真面目で一生貴女に尽くしてくれるでしょう。ただ、貴女の人生は3人の子供に翻弄されるでしょう。」というもので、その3人に心当たりがあるかと聞かれたが「いいえ、私は息子が一人いるだけですし、甥や姪にも3人はおりません。私の周りには3人の子供がいる環境はありません。」と答えた。
家に戻って、色々考えあぐねたが、3人の子供に心当たりはなく、もしかして3人というのは私自身が3人兄弟の末だからと云う事なのだろうかとも思った。しかし、私は二人の兄とは仲違いをしている訳でもなく、どちらかと言えば、交友的関係にあったので、はやり占い師の言葉は単なる戯言で敷かなかったわけだ、と思うようになった。
ところが、今にしてみると、果たしてあの占い師の云う3人の子供に翻弄される生活とは、私が今も一緒に生活を共にする孫達3人を親代わりになって育てるといった事情を読み当てていたのかと思えば思えなくも無い。
だとすると、占いが当たっているかどうかはその人の人生が終るその時まで、解からない事もあるのだろうから、やはり先を予言するなんて事は単にその個人の生活確率でしかないのではないか。
占いを信じて生きるのも、すっかり否定的に生きるのも結局はその個人の考えようなのだろうし、それで自分の人生がどうこうとするものでもなさそうだ。
私個人は普通にミーハーなので、娯楽や話題になる予測、予言、確率性なんかを見聞きするのは大いに歓迎であると云っておこう。
ただし、それで私自身の生活が左右される事は決して無い。
頼りすぎになる弱神経の持ち主では困るが、普通に一日を楽しくラッキーな気持ちになるのであれば、それはそれで善しの人生である。
さて、来年の羊の年には他にもどんな古い体験の実情が発覚できるものか楽しみでもある。

11/04/2014

今日は何もない

今日11月4日の火曜日は衆議院選挙の日であり、選挙場所提供としても小、中、高校は休校である。
この投票が再来年の大統領選挙にも繋がる大事な一票にもなるので極力総勢での投票であってほしいと一市民である私も思っている。
 私はDon, Kristinaを伴って、先週のうちに早日投票を済ましてしまったが、NYから帰省のJohnnieは今日投票に向かう予定だ。

外は椰子の葉がサワサワと音を立てて秋風が心地よい。
昨日の寒さはもうどう流れ行ったものか、今朝は摂氏24度を示していて、高い太陽の日差しがまぶしい。
隣人が車で通りかかり「息子さんのモーターサイクルの件で、何か返答があったろうか」と開けた窓越しにDonに聞いてきた。
実はこの隣人(名前も知らないのだが)いつも通りかかって見る車庫に駐車されたままのJohnnieの赤いヤマハが気になっていたようで、こうして立ち寄るのは今日で4度目である。
今日やっと持ち主のJohnnie自身が「こちらに帰る度に乗るのを趣味にしているので、暫くは売るつもりは無いので、悪しからず。」と応えて断る事が出来たというわけだ。
ここでもモーターサイクルファンは多いが、この州近辺では年中時折の豪雨に見舞われたりする天候であるから、通勤や長旅に向いていないと思われるのだが、バイク族にはそんな事はお構いないし、恐れはしないようだ。

今の所他に書く事が無くなってしまった。
また後で、何か思いついたら再度更新することにしましょうっと。

↓はオレォクッキーを本体にシュガーキャンデーコーンとミニリーセスをつけて巧い具合に七面鳥が出来ているのに感心。


11/03/2014

涼しい日

東京のハロウィンの賑わいが世界中でも話題になるほど盛大なのだそうで、ニュースでも渋谷の仮装行列(歩道での集会)を報じていた。
家庭やレストランや会場での仮装パーテーとは違うのが一風変っていて楽しそうだった。
11月に入るとグンと涼しくなり、過ごしやすい日々なのだが、寒さに不慣れなフロリダ人達は震え上がっているようだ。

今朝8時のぺンブルック市外温は摂氏15度とある。
Donはヴァケーション明けの初日、月曜日とあって、少し早めに目覚めたようだが、この気温に風が吹いている裏庭ではいつもの新聞読みをするのにはジャケットを上に着ても寒いとちじまっている。
いつもはお腹や手足を大広げで寝ているニャントリオが初めてボールのように丸くなっている。ははは、ニャンだね。寒い時は丸くなる。

しかし、少しでも涼しいほうが季節感が味わえようというもの、私は晴天で涼しいこのような天候は大歓迎だ。
明日にはまた28度程に上がるらしいから涼しさを楽しむのも今日のうちなのかもしれない。
Davidが「こんな風に寒いと秋だなァと感じるね」と云ったのが、私にはちょっとばかり可笑しく思えた。
だって、昨日のニュースで北の州では吹雪での事故が多発していると報道していたので、北国の人々にとっては今はもう冬に入ったと感じているに違いないもの。
彼にとっての秋は収穫祭(感謝祭)が過ぎる頃までで、それからクリスマスショッピングを始める頃が冬になる頃合いなのかもしれない。

昨日スーパーで見かけたカボチャを買ってきた。
「え、これなに?」とDavidが大いに驚いて聞いてきたので、パンプキンだと応えると、間違って買ったのかと思った彼が私に「グランマ、大丈夫?」という目をしてきた。
スクワッシュと表示されているのが日本でいういわゆるカボチャなのだ。
これを薄く切って、天ぷらにしようか、又は甘く煮込んでみようかと今思案中。どちらにしても家族メンバーが一緒に食べる事は無いだろう。
ジャガイモの料理は好きな孫達も、サツマイモやその他の芋類は決して食べようとしない。
一般的なアメリカ人は味覚の幅が狭い。
もっとも最近の日本の若者にも同じ事が言えるのかもしれないが。
ちょっぴり楽しみなカボチャ、そしてちょっぴり嬉しい気分の私。

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