7/12/2015

今朝のニャン

『退屈だニャ~、何かして遊んで欲しいニャ~ン』と朝からキオニが私の周りで散々何やら文句を言っている。
外は猛暑だっていうのに雌ニャンのアシュリーはずっとパテォに出て何やら探検に夢中だ。

日中は滅多に外に出て行こうとしないイカイカは朝からその日に最大にノンビリ居眠りを出きる場を探して一日を眠りこけるのである。

夜行性の野生の血が一番多いためか、キオニは日中をイカイカのようにノンビリ居眠りが出来ないらしく、よって寝ているイカイカを邪魔してレスリングマッチを強要したりしている。
面白いことに、最近私が「猫パンチ!」と言うと、キオニはその声音で何かを攻撃する事であると解しつつあってか必ず対象物にかかって行く素振りを見せるようになった。

昔飼っていた犬のナナは人間の言葉を何個も理解していて会話が出来るくらいであったが、猫はそうは巧い具合に人間の気持ちを解してはくれない。
たとえ理解していたとしてもそれを顔に出さず知らん振りを決めるのが猫というものであるらしい。猫に話しかけると『何を言っているのか解ってるけれど、だからニャーに?』ってな聞く耳持たず的顔をする。
時には『聞いてニャルモノカ』と聞こえているのに耳だけを動かして、知らん振りをしたりもする。
「姑息なヤツ」と猫嫌いの人は思うだろうし、また「そんな人間に媚びないところが可愛い」と猫好きは言う。

会話が出きる出来ないは別にしても私は犬も猫も大好きだ。
無論中には恐怖の対象になるような動物もいるが、それはそれ。
お互いが危害を与える対象に無い場合は特に全般的に動物を愛でる気持ちは全ての対象を相哀れむのにも同じ感情をもっている。

ニャンとの会話の話に戻そう。
退屈さにヘキヘキしている素振り、体を思いっきり伸ばし広げお腹をみせながら、寝転がって『ほら、この通り、退屈なんだってばさァ・・・』と私を見上げる。
「それで、どうして欲しいのサ?餌はもういらないって云うし、だったら何をどうして欲しいのか云ってごらん?」と応えずながもと知りつつ毎回同じ言葉を投げかける。
そうこうしていると、『コリャ駄目ダ・・・』と思うものか、やはりそこは諦めてなのかスゴスゴ次の日常ルーティンの行動に移るのである。
一昨日も昨日も今朝と同じ”退屈なんだァ~~”行動をしてみせるのが今日この頃のルーティンの一環である。