8/04/2015

亡母の霊感

バックグランドが鏡壁なので見えている外の光が反射して巧く撮れていませんが、キオニ(下)とイカイカ(上)が何やらジッと何かを見ています。
時々こういう事がニャン達の行動に見られますよね。
ニャン達は何を見ているのか解りませんが、私には解らなくてもニャン達には見えている何かがあるのでしょう。
ミステリーでも何でもなくて、それは小さい羽虫であったり、二階からの何かの物音であったり時に彼等は敏感に反応しているだけに違いないのでしょう。

人間も動物も年齢が増すごとにこういった敏感さがなくなっていきます。
それとこれとでは違いがあるのでしょうが、最近ではネットで見る日本のテレビ番組の恐怖心霊ものといった動画を見てもなーんとも感じなくなりました。
どれもこれも加工画像や作り物が多くって見ていて「なんじゃいナ」とつい飽き飽きして途中で消したりしてしまいます。(怖くって見ていられなくなって消すという事は断然にありません。)

私の亡母は若い頃霊感が強かったとかで、夢で試験答案が出るので本番では何時も高点を取ることが可能で常に成績優秀者として認められていたらしいです。
当時は大抵の極貧家庭では女は女中奉公に出されるのが普通であったのが、成績優秀が為に担任教師に養女としてもらわれる事となり、当時では裕福な家庭の子女が行く東京の大学まで進む事が出来たといいます。
(後にその担任教師が若くして急死したことで大学を卒業間じかにして退学せざる終えないところを東京で古本屋を営んでいた実兄が助けてくれたのでした。)
戦時中、戦後と辛い暮らしを通して結婚後はすっかり病弱になった彼女は6回程もあの世とこの世をさ迷っては夢の中で生き延びるコツを掴んだとの事で、お坊さんも親族も「今回は本当に危ない様態なのかしら」と死の床に立会いをするのを拒むほどだったらしいと聞きます。
その頃の病弱な母の入退院の繰り返しに、私と二人の兄はそれぞれあちらこちらの親族を回って暮らしていました。
そんな霊感らしきものを持つ彼女が65歳にして入院中の癌センターで逝ってしまったのは、どうやら彼女の意思がそのように働いていたのだとしか思えないのです。

哀しいかなそんな彼女の血を引いていながら、私は彼女にはそうも似ていずよって霊感らしきものもこれっぽっちも持ち合わせていません。
でも、この頃強く思うのは彼女の霊感とやらにしても、これは本来は脳の働きの一環では無かったのでしょうか。
彼女が入退院を繰り返していた大正から昭和の初期には今は特別医療にしか用いられないヘロインが普通に使われていて、当時の彼女の両腕には無残な程の注射器による酷点が広がっていたのを記憶しています。

そのような昭和初期の薬の副作用は別として彼女が元気で体力のある幼い頃の脳の特異な働きは別のものに違いないと考えます。
 最近の脳科学によって色々証明が明らかになってきていますが、まだまだ未開な脳の働きが明かされていない事に行き着くのではないかしら。
どうなんでしょうね。この先も脳科学の進歩が楽しみなところです。

今日はニャン達の行動からふと亡母の事を考えた私でした。