1/30/2016

雑談日誌 風の音

ショッピングから戻って美味しいコーヒーにカリッと揚がったエレファントイア(パイ生地でつくられたハート型のクッキー)を食べながら、食べ物でテンションが上がるフードハイになっています。(揚げもので、上がるとは下手な駄洒落でありやす)
空腹の状態で買い物に出かけたので、チーズやらパイやら焼き菓子やらと考えも無く買い込んでしまいました。(側で夫がちょっと呆れ顔をしていた)
しかし食べ物にハイテンションになるとは他に何も楽しみがないのかいッといわれそうですが、そうなのヨ。他になーんにも楽しみは無いって寂しいねエ。Oh,well.
人生なんてそんなもんよ。食欲が無くなった時は危ない。

子供達がキャーと奇声を上げながら遊ぶ声が聞こえる。
キャーの声を聴くと何時も思い出すことがある。
もう一昔の前の話なので、今となっては話しても関係者に迷惑はかからないだろうと考えてその時の状態を書くことにした。

二階の寝室でシーツ替えをしていた夜の事である。
「きゃ~~っ!!」との叫びの後にダダダーッと人が階段を走る騒々しい音が私の耳に響いた。お隣の家の階段が家の側に面しているので、お隣のティーンが悪ふざけをして階段から足でも滑らせたのだろうと考えながら「凄い音だね。怪我はなかったのかしら」と言いながら階下の夫の声をかけた。すると夫は「何?何の話?」と不思議そうに私を見上げた。えーっ、あの音が聞こえなかったのか。結構大きな音だったのに。
もっとも夫は長年の航空関連会社勤務により飛行エンジンの音や何やらでの難聴ぎみであったので、テレビの音調に集中していたのかもしれない。「アンタは聞こえたよね、結構大きな叫び声だっだでしょう?」と今度は2階の自室でパソコン操作中の孫に声をかけてみた。「何も聞こえなかったよ。何が聞こえたって?」と問い返されてしまった。
不思議だなぁ、夫も孫にも聞こえていない。私には大きな響きであったのに。空耳とはこういう事なのかしらん。
私は子供の頃に年寄りが係るという難聴病にかかり一年間ほど通院を重ねた経験があって、音を巧く調整して聞き取れない難があった。
それが、自身が年寄りになった今は猫耳というか、風によっては敏感に音に反応するようになっている。
その夜はそれで会話が途切れたのだが、その音が何だったのかを後日知る事とあいなった。

その翌朝、何時ものように孫をスクールバス停まで歩いていて近所が何やら物々しい雰囲気があるのに驚いた。
5軒ほど先の住人夫人が白いバスローブを羽織ったままの姿でポーチに出ておりしかも泣いているようだ。夫婦喧嘩でもしたのかしらと思いつつ側を抜け、余計なおせっかいは傍迷惑に違いないと考えた頃、そこに何台ものパトカーが押し寄せてきた。
皆が皆鎮痛な面持をしているものの、捕り物のような騒がしさではない。その隣人宅は警察署に務めるご主人のパトカーが常時、パークされていたので、時に友人のパトカーが来ても不思議な光景ではなかった。
後日数日は数台のパトカーや、私服刑事らしき人々が歩き回ったり大勢の警察関係らしい人々が出入りをしていたのをいぶかっていた私の耳に隣人からの報告があり、その事件と結果をローカル新聞で知る事となった。
リーマンショックやら何やらで世間が暴落の痛手を受けている最中であった。
隣人宅にも職を失った親族一家が新しい人生を求めて来ており、同居を始めたのだそうだ。しかし世間中が不景気の風が吹いている中での求職は困難を極め、失望の中では先の光も見えずにおり、その大黒柱であったはずの親族夫はとうとうこの世を儚んで自殺をしたのだ。

私が聞いたあの叫び声は夫人が自宅階段柵に自らの首を吊った夫を発見した時の驚きの声であり、その異常な状態に気がついた家族の足音が’響いていたものだったのに違いない。
自殺か他殺かという疑いもクリアせねばならなかったらしく、数日におよんで人々の出入りがあったという。
そんなこんなで、事は自殺説におさまり、両隣の隣人もその葬儀に参加して弔ったと聞く。
そしてその数年後には当の隣人家族親族も越していき、この一帯の隣人達もその事件を知る人が今は少なくなってきている。

ただ私には5軒先の隣人の不詳を私だけがキャッチしたのはちょっと不思議な気もするし、私が聞こえたと思った時刻にもズレがあるのがなにかスッキリしないのも事実として心に引っかかっている。

今更ながら昔の音を思い出しては今でもいぶかる私は暇人なのだ。