1/09/2016

雑談日誌 ペンブルックスのパーク

昨日の肌寒さが嘘のように、今日は好天気で蒸し暑い。
このような天候にはパークもビーチも沢山人が出て居る事だろう。
家の近くにウォーターパークが3箇所ほどある。
子供達はビーチに出かけていく回数とパークに行くのは半々だったのが、大人になるほどにパーク通い少なくなっているようだ。
パークには入場料金が必要だが、ビーチは無料だものね。

ディヴィッドがオーランドに戻っていった。今晩から大学部活(カラーガードのペガサスというチーム)が始まるのだそうだ。UCF World guard Pegasus
もうすぐで19才になるのだが、誕生日(20日)には帰省出来ないことを名目にダディから誕生日プレゼントとしてディズニーワールドの年間入場券を買ってもらい、来週には早速友人達と一緒に出かけるという。「元をとるつもりで、今年中に少なくても5回は行って楽しみなさい」なんて云われて「無論。OKさ、そのつもりだよ」と言っているデイヴィッドだが、部活に、バイトにと忙しい合間の学業の方は大丈夫なのだろうか。
オールアラウンド一生懸命暮らしは良いけれど、偏りの一生懸命は駄目だかんね。(と何故か漫画家・作家のショージ君風につぶやいてみる)

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現在は3匹の猫を飼い、今までにも数知れない鳥や、犬や猫からウサギまでも飼った事がある。
威張って自称動物好きと言っておきながら(別に威張る程の話では無いのに)、私はどうにも動物を扱った自然動物ドキュメンタリーとかお涙頂戴系の動物話を見聞きするのが苦手である。
テレビ画面に哀しい動物のニュースや情報が流れると、私は即刻チャンネルチェンジしてしまう。
涙を流すのは体に良い影響を与えると知っていても、何か辛くて見ていられない気持ちになる。
動物のアニメ映画等は面白く擬人化されているし、コマーシャルに起用されている動物映像が楽しくて大好きなのだが、ストーリー性の強い映画になると事は違う。フリスキー猫缶のコマーシャル
南極探検隊に置き去りにされた犬達の映画なんかも、そういった事実が在ったことを知るべきと人は云うかもしれないが、あまりにも私の精神上受け入れるのは酷な事である。
私は動物好きの正統派とはいえないのかもしれない。(それなりの好き嫌いに正統派というのがあるとしたらだが)
我が家の家族は、夫も動物好きであるのだが、彼の場合は私とは違い動物の生態を研究したり、大自然に生きる動物達のドキュメンタリーを見るのが好きであるし、大学生の孫シャーンに至っては一時期真剣に海洋研究者か獣医になる事も考えたらしく、今でも動物の生態を知るのは大事だと思っているはずだ。
こうなると、今の私は単なる動物好きというよりは都合の良い方だけに目を向ける、俗にいる反社交的な偏屈人間なのかもしれないが。

←あれっ、このアシュリーニャンの写真を誰がフェイスブックにアップしたの?と一瞬思ってよーく見ると、それはアシュリーそっくり似ニャンの他人(タ猫)だった。
毎日のようにフェイスブックにはウチのニャントリオにそっくりなニャン達の画像が載せられている。
それはウチのニャン達も可愛いけれど、在り来たりな一般平均的ニャンだからなのね。
いいよ、在り来たりで。私の目にはどのニャンもが最高美形に見えてるから。

↓はウチのニャントリオであってそっくりさんではない。(左からイカイカ、アシュリーとキオニ)
今日もニャントリオのフードを買いに出なければ成らない。大食いである。