5/10/2016

雑談日誌 躁の大波の中

今日も「座敷童ちゃん」がドタッと床に音をたてている。
ニャントリオの誰かなのかもしれないけれど、2階の寝室からドタッと音がするたびに「あら、また座敷童ちゃんが走ってる」と私は決め込んでいる。

就寝時間に2階の寝室のベッドで横になったら「座敷童ちゃん、いるのォ?」と誰になく聞く。
無論返事があるはずはないのだが、時折、一緒に寝室に入ったニャンが自分に話しかけられていると思って『ニャぅ?』と不思議そうな目をしたりする。笑
昨日なんか、日中、ニャントリオが3匹共私の目の前にいるのに、2階からドタッと音がした時は嬉しくてつい「ふふふ、、」と笑ってしまって、側にいたドンが『何が可笑しるの?」と聞かれたけれど、説明をするのは面倒なので「うん、ちょっとおかしい事思い出したの」と言っておいた。笑

そんなのいるわきゃないよ、と他人はいうだろうけれど、私は構わない。
良い事、福は何でも我が家に来て欲しい。いつもハッピーでいたい。(こういうのを〝おめでたい人”というのかな。

私ね、最近、躁鬱症の躁の時期に入っているのじゃないかと考えられるほどに心がハッピーに傾いてきていて、これがいつかどっと鬱の方になったら、生きて居られないのではないかと思うくらいの状態のこの頃に、自分にコントロールが効かないでいるようなのだ。
その躁の状態がこの「座敷童ちゃん」を生み出したのだろう。
家に寄って来る動物、アヒルや鳥達も増えてきているような気がする。(そういう”気”だけだと知っているし、座敷童ちゃんもその〝気”なのだけれどね)

どこか、今になって、どこか頭の中のタガが外れてしまったのかもしれない。
初期の痴呆症なのかもしれない。いや、中期か?
時々、あわてて、「93、86、79,72,65、、、」と100から7ずつの引き算をやって痴呆検査テストをしてみて状態が進んできていないかを自己診断したりする。物覚えが極端に駄目になってきている。といっても、物覚えが悪いのは昔からで、物忘れの頻度が凄くなってきたと云った方が正しい言い方かもしれないね。

でもね、痴呆になって短気で怒りっぽくなったり、うじうじと小さい事でな悩んだり、何事にも腹を立てたり、、と言うことが私にはまるで無くなったのは喜ぶべき事じゃないのかな。ハッピーでいられる人間はアンハッピーな人よりいいでしょうし。(←もハッピーな考え方で)
このまま躁の大波の中にいて、鬱になる前にあちら側に行けたらいいなぁ、、。
あ、また2階でドタッと音がした。笑
で、私は唄う。♫Happy day is here again, la la la la~~~(後の歌詞を知らない)