7/18/2016

雑談日誌 ブラマンジェの味

ブラマンジェが食べたい、と急に考えたのは先日の夢の中で、遠い昔に、(中学生の家庭実習であったと思うが)ブラマンジェを作ったことを思い出したものか、何故か独り、必死にブラマンジェ造りに没頭していた。
夢の中のブラマンジェは真っ白で、形良く出来ているのに、なんの味も感じられなかった。(あの時と同じだ、、と思った)

実際に作ったブラマンジェは出来あがって家に持ち帰ったのだが、何故かとても気恥ずかしくて自分自身では口に出来なかったのを覚えている。(一口をスプーンで味見したようであったが、それほどの感慨は無かったのは、多分自分でイメージしていたような味でなかったものなのか)丁度珍しく訪ねて来ていた伯母が「本当に食べちゃってもいいの?中々美味しく出来ているよ。本当に全部たべちゃうよ。」と笑いながら食べてくれたが、何故私があのように自分で作ったことが気恥ずかしかったのか今では解らない。
母と伯母は「ミルクに砂糖に粉を練ってある原材料が良い物が不味く出来上がっているはずがない」というのが二人の意見であったのだが、私自身が考えるに、自分が作った手造りお菓子がそんなに美味しい訳がないと固く信じていたように思う。
あれ以来、ブラマンジェを作ったことが無いし、それらしい杏仁豆腐のデザートは何度も食べているし、ブラマンジェに似たプディングは何度か作ったし、買ってきたりもしたがブラマンジェだと思いながら食べたのは一度も覚えがない。
と云うことで、私の中ではブラマンジェと云うものが夢の中の食べ物の様に無味無臭なのだろう。本当は口当たりが良く、程よく甘いもの(のはず)なのに、、である。

形容しがたいが、ブラマンジェの味は私が若い頃思い描いていた私自身の将来、今の現実生活を感じるように、シンプルで有るはずのものが何とも言えない味に仕上がったような複雑さを思わせるのである。
それで、今ブラマンジェを口にして、どう感じるのかを知りたくなったと云う次第だ。その味を改めて知ったところで今の生活に何の変りはないだろうことは承知の上である。
しかし、私には確信のようなものがある。
生まれ育った日本で今、口にするブラマンジェと、もうすく半世紀にもなろうとする滞在先のこの国で味わうブラマンジェとでは、その味に大差があるだろうと云う事を。
この差は母と伯母が食べた私の手作りのブラマンジェと、何処かの有名パテシエが作ったもの程の差なのだろうか。どうなのだろう。
これは今の生活が嫌だとか、悪いとかいう意味ではない。
昔食べたブラマンジェの味が何十年たった今でも定かではないと云うだけの話である。

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