8/11/2016

雑談日誌 やっと繋がった

一昨日の凄い大雨の中、近くで落雷があったのか、物凄い音が近くでしたと思ったら、ケーブルのモーダムがショートしたらしく、テレビとインターネットが不通になってしまい、AT&Tに連絡したところ新しいモーダムを郵送してくれることとなり、丸一日をテレビとインターネット無しで過ごさなければならない事となり、たった今シャーンが送られてきた新しいモーダムに付け替えてくれた。

オリンピックの観戦を逃すやら、ブログ更新が儘ならないやらで、大弱りだった。

Wi-Fiが繋がらなかったので、ワードのプロセスで一応ブログ更新の用意をしておこうと書き出したのだが、テレビの音がバックに流れていない分、とても静かで、変な感じであった。
以下はそのコピペである。↓↓↓↓


昨日の午後は小雨から大雨になり、もの凄い落雷が近くで響いていたかと思うと、ケーブルの調子が悪くなって、テレビとインターネットが不通になってしまい、夕食後もそれらが立ち上がらず、楽しみにしていたオリンピック競技をを観戦できなくなってしまい、歯ぎしりをしたい気持ちでがっかりしてしてしまった。
見られないとなると、余計に腹立たしくて、何時もはノラリクラリの性格の私でもケーブルボックスの点滅を睨みながら、ちょっとイラッとして夜の時間を持て余してしまったのだ。
テレビの物音がしない分、とても静かで、ニャントリオの誰かがガサガサとプラスチック袋で遊んでいる音や、歩き回る首の鈴の音までが良く聞こえる。
こんな日は早く寝るに越したことは無いのだが、睡眠トラブルと常に向き合っている私がドンのようにベッドに入ればバタンキューと寝入れるはずもなく、いつものルーティンの行動が出来ないのがちょっとばかり不利な状態ではある。
でも、オリンピックの成果は実戦を観なくとも、情報話や後日談だって結構楽しめていいじゃないの、と自分に言い聞かせて早い就寝を決めた。

ケーブルが繋がって居る事を期待して目覚めたのだが、事態は昨夜とまったく同じでボックスの赤い光が点滅を繰り返している。嗚呼、、。
ドンにAT&Tにケーブルの不通通知と回復のリクエストを電話してもらう。
今朝もオリンピック観戦を逃すのか、、、と気落ちする。
気を取り直して、アヒル達に餌を与えに外に出る。今日は好天気である。
あ、そういえば、昨夜はやはり直ぐには眠りに付けずに、ウツラウツラと明け方に夢をみたんだった。
普段は考える事も無い中学生の頃の卒業式の練習日の事が急に思い出されたものか、夢の中で再現された。
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ユキちゃん

クラスでそれ程目立つ存在では無かったが、ユキちゃんはいつもヒョウキン者で明るい子であった。小中学校を通して同じクラスであったユキちゃんのお父さんは私達が小学低学年の頃に胃癌で亡くなり、お母さんと御祖母ちゃんとが日雇いなど労働に従じて苦労を重ね、ユキちゃんと小さな姉妹とを育てていた。其の頃から子守に忙しいユキちゃんとは近所の遊ぶ仲間達からは次第に一緒に遊ぶ時間が少なくなっていたが、中学に上がると更に少し関係が離れた4のは、彼女が中卒就職組で、私が高校進学組に分かれた事で決定ずけられた。
中学卒業日の前日か二日前だったろうか、卒業式の演習がなされ卒業生がガヤガヤと廊下に並んでスタンドバイしていた時の事である。
何がどうしてそういう話にたどり着いたのかは定かではないが、私の斜め後ろに立っていたユキちゃんが大声で云った。
「ようし、それならば私はこのクラスで一番幸せになってみせるっ!」何がそれならばなのかも解らないが、とにかくひと際大きな声でユキちゃんは更に叫んだ。
「絶対だよ。ここに居る皆の誰よりも、一番幸せになってやるんだっ!!」周りでザワザワとそれを冷やかすどよめきが上がった。
私はそのヒョウキンなユキちゃんの叫び声とざわめきを後ろに聞きながら、少しばかり複雑な思いで立っていた。顔を紅潮させながら高らかに叫んだユキちゃんの姿が私の目の端に入った
ーーここに居る皆の誰よりも一番幸せになるって、、。ユキちゃんが、、?どうやって、、?
何が彼女にそう叫ばせたのか、何の確信を持ってそう断言できたのか、と私は思った。
其の頃私は、優秀な兄二人の下で頭角を表せずにもがいていた自分の将来がそう明るいものではないかもしれない、と暗澹とした気持ちで過ごしていた耳に急に飛び込んできたユキちゃんの楽観的叫びに少々驚き、嫉妬感さえ感じたのかもしれない。
確かその時ユキちゃんは本州の有名ゴルフ場でのキャデイーの就職が決まっていたと聞いた。自分の将来に大いに夢を馳せているユキちゃんの一声が私の胸に鋭く刺さったかのようであった。
高校に進学する事もあきらめて本州に渡るユキちゃんが私より幸せになると云い切っているのが、そう断言しているのが心から羨ましかった。
ユキちゃんと同じ幸福感でなくてもよいのだ。自分が自分に納得の行く暮らしが迎えられれば。私も私が一番幸せであると、自分が認めれば良いんだ。
そうしなければどんな暮らしを迎えても幸福感なんてのは、そう易々と感じられるものなのだろうか。
そうか、自分次第なのだ。幸せと思えるか不幸と思えるのかは。
そう考えると、急に気が楽になって、そまでの将来の不安と暗澹とした気持ちが消えていくような思いを味わった。

ユキちゃん、今もあの時のように、自分がクラスの誰よりも幸せであると自負しながら生活をしているのだろうか。
そうであって欲しい。
そしてこの私も今だから言える。「私があのクラスの中で一番幸福者に違いない。」それに気付かせてくれたユキちゃんに感謝である。
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あわててアップしようとあせって、今日は長々とコピペでうめつくしてしまった。