9/07/2016

雑談日誌 正常と異常と

『濡れちゃったニャ~~』とキオニが文句を云いながら室内に戻ってきた。今朝も曇天で雨が降ったりやんだりの蒸し暑い天候である。
昨日はブログ更新をしようとしても何も書くことが思い浮かばずPCを閉じてしまった。
今日とて、何が思い浮ぶでもなしの状態で、つまらない。
この年まで生きたのだもの、面白い話の一つや二つ、あっても良さそうなものだと頭を絞ってみるのだが、以前にもう一つのブログ風が見える時の方に書き出してしまったのかもしれなくて、これと云った話が思い当たらない。
若い時には三つほどのブログを掛け持ちして(今はそのどれもが消滅の途についたわけだが)書いても、書いても何やら頭に浮かぶストーリーでいっぱいだったのだが、、、。

昨夜から何か書くことがないかと考えながら就寝したわけだが、朝目覚めると、何やらか心に引っかかっている話を思い浮べたことに今、気付いた。忘れないうちに書いておこうか。
これは、ある種の私の不思議体験である。

☆☆☆☆

フロリダに移り住んで間もない頃で有ったと思う。
その前に在住のハワイでは周りに日本語が溢れていたし、書籍なども身近に取り寄せが可能だったこともあって、フロリダに移って暫くは日本語に接する機会も無く、活字に飢えていた私は、時々アトランタやシカゴの書店に出掛けては雑誌や書物を購入していた。
少ない時間で冒頭だけを適当に目を通して、面白そうかなと思った数冊を購入して帰宅するわけで、こだわりの内容の書籍では無い。

観光日和の晴天のある日、夫と海岸で読書をすることにした私は、先日購入の一冊をもって悠々と出掛けて行った。
潮風を受けながら、眩しい太陽の下、読みだしたその本の内容が、何故この本を選んだのか解らない、私好みの話では無いのに数ページ読んでから気がついた。オカルト的な沖縄の古い伝説にもとずく話であり、私にはこの本を購入した記憶が定かでは無かった。
それでもその一冊しか持って出なかった事もあって、少し気落ちしながらも読み進んでいったのだが、一向に興味が沸いては来なかったばかりか、何とも妙な胸騒ぎのような空気さえ感じるようになっていた。
そのうちにあんなに眩しかった太陽に陰りができ、小雨になったので、側のレストランの椅子に移動した。
天候が急変したのが理由なのか、私の体調は見事に崩れだし出したかのように、暫くすると胸が苦しくなってきていた。
それでもアイスティーを口に含み、レストランのパラソルの下で、私の目は本の筋を追っていた。
私は道産子なのでと云うわけでもないのだろうが、その沖縄の古い伝説がイマイチ解らないというか、得体の知れない魔物を目の当たりに想像するのは、困難を要した。
胸が息苦しくて、ムカムカとして来た頃、夫がホテルのビヤガーデンの方に移動しようと提案したので、私は一旦本を閉じてホテルの方に歩き出した。すると目が本から離れたとたん、気持ちがスッと落ち着いた。
ビヤガーデンで軽いバンドの音楽を聴きながら、束の間の晴れ間の中で優しい潮風を楽しむと気分がすっかり良くなったので、軽いランチを取りながら、側の本を引き寄せて続きを読むことにした。
すると束の間の晴れ間は雲に覆われ、雷さえ鳴りだした。同時に私の胸苦しさが戻り、目の中心を定めるのが難しく考えられ、頭がクラクラとしてきた。数分間目頭を押さえ、ムカムカする胸を宥めている私に気が付いた夫が「さっきから、本を読むたびに苦しそうになるから、今は読書を止めた方が良いんじゃないのか」と云ったので見上げて頷くと、気分が落ち着き、また再び本の上に目を戻すと、今度は確実に嫌悪感がその本から上がってきているのが感じられた。
あわてて、本を閉じ、「何なのかなぁ。この本。ちょっと変なんだ。読めば読むほど具合が悪くなる」と夫に伝えた。
私も夫も無宗教家だし、迷信を好んで信じる方ではないのだが、今までにも何度か普通では考えられない状況に置かされた事があって、それなりに心の用心は肝要だと思っていた。
せっかくわざわざ他州まで買いに行った本ではあったが、その時は是が非でも、その本を手放す事が肝心であるように思われた。
海岸沿いのホテル側のゴミ箱にその読みかけの本を捨てた。

これを読んだ方は「何てバカバカしい考えを持つものだ」と笑うかもしれないけれど、何年も経った今でもあの時のチョイスは正しかったと私は確信している。私の神経に悪影響を及ぼすものは持っている価値が無いと私は思うのだが、どうだなのだろう。
私は神経の専門的な事は解らないが、正常と異常は紙一重であると私は考える。私は時に正常であり、時に異常である。