12/14/2016

雑談日誌 片目をつぶるわけ

以前数年間をモノビジョン(右目遠視用、左目近視用)のコンタクトレンズをして暮らしていた癖なのか、両目は手術して視力を高めたはずなのに、フトすると、片目をつぶって物を見ている自分に気がつく。
私がそんな私に気がつくのは、大抵独り動画を見ていたり、何かをタイプしていたり、テレビを見ている時が多く、セラ・ペ―リンじゃあるまいし、会話中に観衆の気を引こうとしてウィンクして見せるわけではない事は知っておいて下さい。

術後は視力がかなり良くなったのに最近また、再度(三度?)それぞれの目に支障が現れてきたせいなのかもしれないが、また通院をする事は極力避けたい。
前にも記したが、今の時点では私の五感のうち視覚が一番悪いと思われ味覚、聴覚、臭覚そして触覚は今のところセーフ。

低血圧になったり、体調不調の時は目と頭がクラクラする。
しかし目をつぶって何かを食すると、クラクラは落ち着き、ある種の味覚満足感が私を救うのである。これを食い意地と言うほかに何んと言えよう。笑
ここで、味覚異常を持つ人達はどんなに辛い暮らしを強いられている事か、、と心からお見舞いしたい。

朝食を取る時には、「今日の体調はどうだろう」と考えながら、コーヒーをすすり、ベーゴを齧る。
食するそのどちらにも口の中に少しの甘さを感じたら、私の体調は上々であり、味がしなかったり、苦かったりすると、「オッ、体のどこかに支障が出てるな」と疑ってかかる。
若くて元気な頃は、考えもしない何とも原始的な予知法ではあるけれど、多くの誰しもが日常に行っている事でもあろうし、これがなかなか当たる。唯の気のせいとは言っていられない年齢になっているからなのだろう。(今や経験や体験が身に沁み込んでいるのだろうか)
こうすれば、こうなるし、こうしなければ、こうはならない的な自分の思いの的中率が高くなっていく。(その逆もあるのは否得ないが)
そして、それは何もしなければ、何ともならないとか、面倒臭い行動は極力留めておこうなんていう、老いらくの妄想にまでつながってしまうい、元々がマメな性格ではないがゆえに、かつての私は何事にも益々足が遠のいて更なる非社交家となっていくわけである。
👩👩👩

私の風邪が治ってから暫らく経つので、私から移ったものとは考えにくいが、どこでどう菌をもらったものやら、この一週間程はドンの喉の調子が悪く、ガラガラ声は余りにも低音である為か、他人には聞き取りにくいものとなっている。

喉飴を買ってきて舐める事にしたようだが、甘党ではない彼はその喉飴が甘すぎるらしく、無糖のものを買いに出かけた。
私自身は無糖食品や科学甘味料入りの物は受け付けないの方なので、残りの甘い飴は私が貰うことに。
ドンがその喉飴を甘すぎるの感じるのは難聴気味の聴覚を補って、味覚が鋭くなってきているからなのかしら。(って事は無いか、、)
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デイビッドは私が作るアイスコーヒーが好きなので、今日も早速作って欲しいと言う。
この時期にアイスコーヒーなの?と驚くなかれ。今日の外の温度は摂氏28度だもの。
私は朝には熱いエスプレソを飲むのだが(2杯)何時も汗タラタラになって、シーリングファンに顔を向けて涼んだりする事となる。
フロリダのクリスマスは他州のように温かいココアで体を温めるとはいかないのがちょっと寂しいところかもしれない。
汗を掻きながらすするココアは何とも風情にかけるものだ。
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