4/22/2017

中間お知らせ Ⅲ             I

産まれました!
←曾孫のカーナー・ライアンです。
今の時代に、彼女なりの考えで産婆さんに来て貰っての自宅分娩を選んだ孫娘のクリスティーナ(25)です。

同居のパートナーのライアンとは正式に結婚をする気が無いらしい。(子供の名は正式に親子関係を届けてはいる)
一般的な人間である凡人の私には彼女の強い考えが何とも理解に困窮するところではあるのだけれど、彼女の人格を尊重してあげたいと夫のドンとは話している。
シングルマザーになる事を快く思っていなかった息子のジョニーも今朝のフェイスブックには「これで正式にグランパになりました」と発表して嬉しそうであったが、その心境は複雑なのかもしれない。

クリスティーナは出産のその日までイタリアンレストランのウェートレスと経理事務所での秘書のパートという2つの仕事を掛け持ちでこなすという状態を続けたのが、私や息子の性格からしての遺伝とは到底考えられないので、これはママ側のフィリピン人系の基礎があるからなのかもしれない。
真面目ではあるが、気が強くて、頑固であり、自立精神が旺盛である。(悪く言えば、ちょっと可愛げの無い女とも言えようか)

幼い頃から大学入学期までを私の養育下で、心に多くの問題を抱えていたのだろうと、今その時期を振り返って思う私である。(彼女の弟達と比べると、反抗期が長かったとも思えるのは、私の彼女に掛けた期待が彼女には負担であったのだろう)
私の養育方針が確かで、正しかったとは今は到底考えられないのだが、悪い人間に育ったとは思えないので、一応は安堵している。

今は隣町に暮らしている彼女と会うのは月に一度あるかないかの状態であり、私の生活下から出て、もう6年近くにもなるので、流石に今の私には彼女の気持ちを察するのは難しく、私達からはお互いに平和を保つように気使いをしているのである。

カーナー君、どうか元気で賢い子に育ってください。
何時の日か、ママから君の曾お祖母ちゃんが日本からの渡米人であった話を聞く機会がやってくる事でしょう。君には8分の1の日本人の血が流れています。

これからカーナー君のお顔拝見に行ってきます。

4/08/2017

中間お知らせ II

「今日はまた冬に戻ったみたいに寒いよ」とドンは言いながら、何時もの冷房を切って、空気の入れ替えをする為に窓や戸を開け放している。
薄いノースリーブのワンピース一枚では肌寒いので、ニットのカーディガンを羽織って階下に降りると、少し冷たい風が台所窓から吹いてきている。
余程の低温かと思いきや、摂氏19度と温度計が現れていて、昨日日中の30度越えからするとさすがに肌寒さを感じたのだが、「なーんだ、これだとお花見日和なのじゃないの」と独り笑ってしまった。
これくらいが私の体調には最適らしく、少なからず悪状態とは感じられない。

 

今朝の10時から、シャーンの薬科大でのホワイトコート・セレモニーがストリームで実況された。(薬科一年卒過程衣授賞式)
わざわざ式典にゲインズビルの大学まで向かった親御さんも沢山いるのか、私達(ドン、私、息子ジョニー)はクリームチーズ・サーモン・ベーゴとコーヒーで朝食を取りながら各自のパソコンで式典を楽しんだ次第。
今はPCから直接写真を撮れるので、現場にいずしてその場を写せるのが便利である。
彼はあと3年間の勤勉が強いられている。頑張れっ!

昨日から末孫デイヴィッドはWGI(ワールドガード世界チャンピョン大会)のサブコーチ兼応援でオハイオ州デイトン市に出掛けている。大学とユニクロ勤務先からは一週間の休みを得ているという。
WGIのパフォーマーは16-21才までなので、パフォーマーとしての会員としては今年が最後であり、コーチとしてしかメンバー資格がなくなる。(故にクリスティーナは既にメンバーから退員している)
末孫も成人認証されるのはあと一年を残すのみとなった訳である。
子供達がどんどん成人となっていき、私はどんどん老人となっていく、それが世の常というものだものね。

来週あたりには私達夫婦の曾孫が産まれるやもしれない。
クリスティーナが家を離れて暫くになってくると、曾孫が出来るという事が何だか他人事の様な感じであって、あまりしっくりこない。あれほど母親代わりとしてクリスティーナの成長に関わって来た私は、今としては母親役からすっかり降りたような、妙な気分でもある。
クリスティーナは女性として誰よりも自立心が強く、独りで頑張るのが自分の生き方であると信じているのだろう。(それで、ボーイフレンドのライアンとは同棲していても結婚は憚っているのである。因みに私達家族も彼らの結婚は望んでいないのである。モラルに反すると言う人もいるかもしれないが、これが新しい家族形成の一つではあるので、私達の口を出すには及ばない。彼女の人生は彼女のものであるものね。)

最近のニャントリオは二才は子猫の時のようなドタバタはあまりやらかさなくて、ものを壊すのは少なくなったが、(もっとも壊すものが無くなってきたこともあるか)Don't call me, I will call you.精神は同じままである。(生意気ニャンコには変わり無く)
毎日私が同じ行動をしなければ、何か心配らしくて、ちょっとでも違う事をしたり、新しい品を見つけると、情緒不安定になるらしい。(変なところが、気にし過ぎなのである)

ドンが3年ぶり(?)にまた陪審員を意義つけられて、腐っている。
一週間の登坂となり、朝早くに出掛けるのが今はちょっと辛いのだろう。
でも、こちらの法律では70才からは陪審員拒否が出来るので、これが最後のお勤めと我慢しているに違いない。(私もあと半年ちょっとで、拒否権が出来るのでそれまではまた呼ばれないことを祈っている)


3/20/2017

中間お知らせ

今日20日が春の初めです。
そんな中、私は何時もと変わりない暮らしをしている事を休載の中間報告としてお知らせさせて頂きます。


2017年の3月の私(2つの夢)

3月初旬の私の体調は何故か不調であり、これといって何処が痛いとか、辛いとか言うわけでも無いわけであったが、鬱症状が一段深まったという感じに身動きが儘ならない日々であった。
新しく受けた投薬の副作用もあったものか、左足底と右上半身に発疹も表れ、右目が何ともピントが合わせられない状態というか、目が回る様な感覚が常にあって、ちょっとの体の動きで息が上がり苦しく、顔面を含め体中に冷や汗が出た。
ぐったりとして頭が空白の状態に、投薬の作用もあってか睡眠は何時もよりも浅く、が、長くても何の夢というものも何も感じられない夜が続いた。
体調が回復に向かっているらしい夜には夢を見るようになった。

そんな或る夜、無宗教家の私には何とも説明のつかない不思議な夢を続き様に見た。
何故か岩山をよじ登っているのか、又は、崖の上から誰かに落とされたらしい私が辛うじて崖壁に張り付いているのか必死にその崖を上に向かおうともがいていた。
一足上によじ登れたと思った瞬間に知らない白シャツの男が姿を現し、「来れるものなら、来てみたら良い。これを貴女が掴むことが出来るのなら。どうだ。出来ないであろう」と私に向かって叫んでいる。
その白シャツ男の手をかざした先に小さめの火に燃える十字架が2個浮かんでいる。それらを掴むと、どうやら私の体はその崖を登り切れるらしいのだが、たいまつの様な火の塊の十字架を掴むと手が火傷をするのかもしれないという考えが私の頭を横切り、その真っ赤に燃える十字架を見つめるばかりの私であった。
躊躇している私が「バーニング・クロス(火に燃える十字架)の意味は何だろうと考えたその時に、目覚めながらも頭の中にはっきりとその様子が見えていた。
その日から数日はあの十字架を思い出しては、あれはどういう意味があったものやら、まったく何の意味ももたない唯の記憶の一端であったものか、私には解らない。無理に解る必要も無いのかもしれない。
宗教家の人々には確かにバーニング・クロスには何らかの意味があると、いつか聞いた事はあるが、無宗教家の私がこの夢を見たという事が何とも不思議である。


そして体調回復途にあると思っていた2,3日後に再び嫌悪感が戻り、視力が落ちて頭が朦朧として、鬱病の重症化によるらしい、生きる力というかエネルギー低下を起こしていると自覚した。
もしかして、明日は目覚めないのかもしれないという感覚に襲われたその夜に、夢を見た。
何処か野原を歩いていた。何とは無く静かで広々とした野原の一本道を何処へ向かっているのか解らないままに唯歩いていた。暫くするとその道の先は轟々たる河が横切っていているのが見えてきた、その水力の荒々しさは地を揺るがすほどの響きを轟かせていた。
誰か声が私の耳に「どうしますか。この先へ進みますか。」とはっきり聞こえた。
荒々しい怒号の河が私の道の先を浮かんでいるかのよう横切っているのを見ても不思議とも思わずに、その凄まじい流れを見た私は「こんな荒々しい河を行くなんて私には到底無理な事だ」と応えたように思う。
首後ろと頭にかけての痛みで目覚めた。視力が普通に戻り、頭痛こそあれ思考も普通の様で辛い目覚めではなかった。が、頭の中にまだあの荒々しい河の様子が写し出されていた。
他人が俗に言う、三途の川というものはもっと優しい小川のイメージであるものだが、私が見た河はそんなのとは全く違っていたので、果たしてあれは私にとっての三途の川であったものとはちょっとばかりは信じがたい。
今までにも何度か私の夢の中に表れる川というものは、幅広く流れの速い大河ばかりで、何時も小さな細く頼りなげな吊り橋が掛かっていて、とても渡り切れる状態ではなく、私はそれを対岸から見るだけに終わっている。まるでカナダ側のナイヤガラの滝の対岸を流れているあの大きな川にも似ていて、広く荒々しく、時には海と混じり合いまった様子の時もあった。
そもそも、私には水難の相があるものか、水辺と云うものが心地良い環境と感じた試しがない。水というものにある種の恐怖感さえ持っているのかもしれない。

体力が通常に戻った今、この体調不良時の2つの(十字架と川)夢が妙に気になった私である。欧米文化と和式文化が相まったのが、いかにも私らしいと云えないでもない。
この年となって悲観的になっている訳では無いと思われるのだが、在米50年ともなった今の私は日本人でもアメリカ人でも無い、無国籍の人間でもない、1個の塵となった気分でもある。無情。




2/08/2017

休載お知らせ

書いたり書かなかったりのこのブログが、今は書かなかったり、書かなかったりが続くようになってしまいました。
外出するでもなく、来客があるわけでも無い毎日は、特に思うところも無く、安穏と暮らしており、ただただ時が流れていくと云った状況で、話題不足に難を機し、ここ暫くを休載する事にしようと思った次第です。

暫しの間のごきげんよう。

2/06/2017

雑談日誌

無事末孫のデイヴィッドは私のポンコツ車を運転してオーランドに戻って行った。
初めての所得税申告をしたという彼は、少々の返還金が出ると調べがついたとかで、加え預貯金をかき集めての資金担保で、来月には中古車を購入する計画があるらしい。
それまでは私のポンコツ車が元気に活躍してデイヴィッドの暮らしを支えて欲しいものだ。(それにしても、思いの他のあのポンコツ車の活躍には大感謝である。)
🚙🚙🚙

↑↑↑を書くには書いたのだが、その後ボンヤリと時間を過ごしてしまい、ついに更新出来ないで日が過ぎてしまった。
今朝も好天気。
何故かキオニがニャウニャウと側に寄って来て、何やら煩い。今は側のPC台に飛び乗って、PCを押しのけて寝転がっている。
私が知らんふりしていると、寝転がったまま手をグイと伸ばして、私のスマホを触ってテーブルから落とそうとしたりの悪戯をしてみせる。
如何して欲しいものなのかは解らないが、構ってもらいたいのだろう。



前日にも話したが、この頃のお掃除ロボットの動きが面白い。
自分勝手にオンになって、ウロウロやるのだ。
今も独りでにピッと音を立てて、本体から外れてゴワゴワと回ったりしているが、数分でまた静かに元の位置に戻るはず。
家中に巡っている電波か何かに自然反応しているのだろうが、遠隔操作でもされているかのように機械が勝手に動くのが面白い。(ニャントリオもこの様子を何度か面白げに眺めていた。)
それでいて、家の中はちっとも綺麗にはなっていない。もう少し綺麗にお掃除が出来ると、良い子なんだけれどなぁ。
🌼🌼🌼

午後に主治医の所で検診がある。
これで今日一日は潰れる。他に何もすることがあるわけでも無いので、構わないのだが、医者嫌いの私には面倒くさくてならない検診日である。

返りに亜細亜マーケットに寄って、冷凍餃子を購入する予定。
☆☆☆





2/04/2017

雑談日誌 運気弱

運気が下がっている時期なのかもしれない。
体調がイマイチなところに、今の安穏生活を脅かすかの動きが見れて採れる気がする。
昨夜の就寝前に末孫デイヴィッドからドンの携帯に連絡があり、高速道路上で追突事故に会い、車が大破損したという。
幸い怪我人も無く、なんとか帰宅したらしい。
彼にとっては人生で初めての相棒車が破損解体の状態になったのは、かなり応えている事かと察しられる。これからの毎日の通勤、通学の交通手段も考えねばならない。
それで、今飛行機でこちらに向かっており、ドンが迎えに出ている。
また私のポンコツ車の活躍時が来たらしい。
電話連絡を受けた時はかなり驚き、ショックではあったのだが、20才のデイヴィッドには初めての体験なのであるり、これを機に色々考え学ぶに違いないと私達夫婦も気を取り直してきている。
人生色々あるのが当たり前と、現在の自堕落的安穏生活を引き締めにかかる時でもあるのだろうか。(弱気になってばかりでは何も良い事は起こらないものね)

私自身は今までの生涯で、数回の自動車事故にあっていて、ある時にはピックアップ・トラックでカリフォルニア州の高速道路101号線で、派手に横転してしまったのだが、その時さえ私は無傷で車から引き出された事があった。(笑い事では無いのだが、その時は私の運気は高かったのだろうね)

ともかく、いつもどんな状況でも、その時その時をしっかりと判断出来る人生を送ってもらいたいものである。頑張れ、若者よ!
🚙🚙🚙

この処、お掃除ロボットの動きが面白い。オートスタートで毎日2時間程、気ままに回っている。ちっとも床が綺麗にならないのが少しイラッとしてしまうのだが、ま、ご愛敬でウロウロさせているのだが、ある日など、あちらも、こちらもガサガサに塵がおちているのに、そこを避けてさっさと本体機に戻ってしまったり、その掃除具合に一貫性がなくて、こりゃぁ、不良品だねと思いつつも、まだロボット掃除より人間の方が確かであると認めてほくそ笑む私である。
ウチのもののようにデスカウントの安価な品質のものではなく、精巧高級なロボットだともっとしっかりお掃除してくれるのだろうが、今の時点で高価なものを購入する気持ちは無く、この駄目ロボットをせめてニャントリオと同じにペットとして可愛がっているわけ。
毎日大した成果の無い事をやり続けるのが、何か不憫というか、、、。
でも、機械は人間や動物のように「バカな者のほうが、選り可愛い」とはいかないけれど。
🌼🌼🌼

日本ではインフルエンザが物凄い勢いで流行っていて大変であると報道が毎日のように流されている。
A型、B型と300種類以上もの菌原があり、この近代に於いてさえ、完全防止は不可なのだらしい。
こちらでは、あの蚊の媒体のジカ熱の流行以来はあまりインフルエンザの話題は聞かない。といっても多分単に慢性化されての話であって、巷では年中インフルエンザが流行っているようだ。
こちらではマスクをするという習慣が無いので、菌の散らばりも広いのだろうが、何故か人々はマスク姿を怪しむ傾向にあって、マスク掛けは見かけられない。
そこはこちらの人間が無頓着というか、無関心というか、無神経というか、何とも言えないのが、事実でもある。
という私も、関心はあるのだが、その無頓着、無神経の一人であり、マスク掛けを出来ないでいる。
💊💊💊

2/03/2017

雑談日誌

体調がイマイチと云った具合で、巧く服装の準備が出来ていない。
毎朝ドンの起床時に今日の天候の様子を先に伺う。
「今日も良いお天気で暖かだよ」という。摂氏24度の朝。
窓を開け放し、空気の入れ替えをする。

そうか、日本では節分で豆撒きだったのだね。
その様子を報道で見て、何か癒された。 私は宗教家でも迷信家でもないが、こういう伝統的な風習習慣文化が好きだ。
「鬼は外、福は内」だものね。
前年にも話したと思うが、私の在日時代の北海道では豆撒きをして、年の分だけ豆を拾って食べるという事はやっていたが、この地方では其の頃は恵方巻というものを食べる習慣というのはまるでなかった。
今は色々な恵方巻があるのですってね。 どんな巻き寿司も好きな私なので、日本のこの習慣が羨ましい。
それでも、こちらのスーパ―や雑貨店にも並べられる事がある巻き寿司は一般に味が変だ。日本でのお寿司とは程遠いものに感じられる。お米が不味いし、ます寿司酢が使われていないし、クタクタ海苔に中身は不思議な具材だもの。 

鬼といえば、昨夜リチャード・ギア主演作品2002年映画「プロフェシー」(「蛾人間プロフェシー」を見るともなしに眺めた。
1966年代に多くウェストヴァージニア州周辺に出没したと云われるモンスターUMAの話なんだけれど、日本の鬼とは感覚的に違うので、節分とは関係ないか。
 若い頃には興味津々だったのに、今ではUMAだとか、超常現象だとかの話は飽き飽きしているので、映画の内容にも身が入らなかった。
その当時は話題の話だったというが、ドンもそんなUMAが話題になったのは覚えがないというので、こういうオタク趣味の問題でもあったのだろう。
今現在はUMAより恐ろしいものが進行中だもの。トランプ政権というモンスター現象が。

👽👾👽👾

2/02/2017

雑談日誌

今朝は珍しくアシュリーがプレイタワーに寝転がってじゃれていた。
何が原因なのか解らないのだが、ニャントリオがもうすっかりプレイタワーに登ったり、じゃれたりすることが無くなって、台所の隅の窓側にドンと置きっぱなしになっている。
アシュリーはキチンテーブルの上に置いてある箱類が好きで、何時も箱の上に座って居たりするのだが、キオニとイカイカはパテオに出るのにキチンテーブルに乗り歩きをするのだが、側のタワーには目もくれない。
新しい小物玩具もぶら下げてみたのだが、私がそれらをタワーに付けているのを『へっ、にゃにィ』と冷めた目を向けるのみだ。
ドンはアレコレと一生懸命に見て決めたニャントリオへのクリスマスプレゼントだっただけに、もう見向きもしないのが残念でならない。
ニャンコ達の考える事は益々解らない。何なのかナぁ。

🐈🐈🐈

気分が良い時には、PCで色々な動画を調べたりするのだが、ルーティン化しているのが、まず日本では今どんな話題で賑わっているのかを知るために、「羽鳥慎一のモーニングショー」だとか「ミヤネ屋」だとか、「とくダネ」だとかの報道ワイドショーとか会談とかを見る。文化や精神の違いを知るのはそれで結構私自身には刺激となる。
日本のお笑い芸やバラエティ、ドラマもたまに見るが最近では少なくなってきているのは、ちょっとストーリーやその成り行きなどにマンネリ化を見出してきているからか、若い頃には内容に集中してフォロー出来たのが、今は何かすぐつまらなく感じて話に入っていけないのである。(多分、私の年齢による知能力低下にもよるのだろうが)
テレビ番組や映画を見ると若い頃にはその見る内容に自分が一体化するというか、その話の中に入って行ってしまい、見終わってもその話から離れるのが難しい心情になったものだが、今は見ているその最中でさえ、自分はその話を外から眺めていて、そちらとこちら側という自分の存在が多対していて、あの頃のような一体性は感じないのだ。
感情や情緒が少しずつ欠いてきているという事は、この年齢には当たり前の事ではあるらしい。年齢相応に冷静沈着になったとか、性格が丸くなったとか言われるけれど、そうじゃないね。
ただ若くて熱い自分が居ないと知るのはちょっと寂しい。

ブログに載せる事が無くなってきて、今日は何とは無い愚痴っぽい話になってしまったが、別に世を儚んでいる訳では無い。笑
🌸🌸🌸

2/01/2017

雑談日誌

外は24度の好天気で、気分も上々である。
雨上がりの好天気が続いたからなのか、家の周り中に沢山のモナーク蝶がヒラヒラと舞っているのが見える。
🌼🌼🌼

昨夜は咳も酷くなくて、一応熟睡出来たと思われるが、体力低下による疲労感が抜けない。
体がなまって来て動きが悪くなるのを感じ、ベッドの上に寝転がったまま足の屈伸運動をちょっとした事が頭に残っていたのだろう、夢の中で足を上げて曲げる度に膝がリーン、リーンとドアベルの様に鳴り(因みに我が家のドアベルはピンポーンである)、それを伸ばすと今度は男性の声で「何か用ですか」と応えているように聞こえた。
(自分の胸から発せられるゼイゼイ・ヒューヒュー音が混じってそうきこえたものなのだろうが)
膝が笑うとはよく言う表現だけれど、私の膝は会話するんだなと可笑しくて笑ってしまった。夢の中であるのは気がついていて、「これが夢の中ではなくて、とうとう目覚めている時にもこうなったら、その時が大変なんだろうな。でも、実際にそうなると当人はおかしくなっているとは思わないのだろうから、その時はその時で周りが何とかするのだろうな」なんて考えていた。幻聴や幻視が現れるのを極端に恐れている証拠なのかしら。
今日も今の所まだセーフである。

ちょっと気分が良くなった折に久しぶりにニャントリオに紐遊びをしてやった。
久しぶりの紐遊びがやたら嬉しかったものか、3匹共に大興奮で目を真ん丸にして紐を掴もうと必死になる姿が面白く、私が笑うと更にじゃれつくという事を数分間もやると、さすが私は体力消耗で、まだやりたがるニャントリオに「また後でねー」と伝えて納得させたのであった。(ニャン達は納得はしていない。笑)

体力が無くなっているせいもあって、集中力に欠けているので、ドンがテレビで映画を見ているのを、私はボンヤリと見るでも無しに、眺めていたのだが、昨日のトム・ハンクスの「ブリッジ・オブ・スパイズ」はかなり良い映画に感じられた。
私はあの手の実話歴史的ストーリーが好きである。

映画が終わって普通チャンネルに戻すと、急に現実的な所に戻り、お騒がせ新大統領の話で盛り上がっていた。
ニュースや会談で政治家や作家や評論家が何やらワイワイ言っていても、この国の非常事態は収まる訳では無い。誰もがお手上げ状態といったところか。/(^o^)\ナンテコッタイと云っていられるのはいつまでの事やら、、、。
☆☆☆☆

1/31/2017

雑談日誌

昨日新しい投薬を受けたので、熟睡して何か良い夢でも見られるかと、待ち構えていたのだが、今朝の目覚めは余り熟睡した感はなくて、夢を見るには見たのだが、期待していたほどのものではなく、何時ものつまーらない話だけが頭に残っていた。
####
何処か寒い地方らしい実家がカフェになっているらしく、数人の来客の中で忙しく手伝いをしていた。(ン、このカフェの感じが何かの動画で見たような、、)
ふと、何やらコーヒーマシン(それが、デカイの)に不都合が起きたとかで、店中のテーブルの彼方此方に黒いコーヒー液がこぼれており、それを拭きまわるのに大童な私。
そこへ、数人の新しい客があり、見るとその中に私の知り合いが混じっている。
その彼は私が日頃ちょっと気に掛けていた青年らしく、なんと、顔姿はあの毒舌芸人の有吉弘行なのである。(私は彼の大ファンでもなく、嫌いでも無いといった人である)
『あら、如何したの?』と私が心の中で言って目配せをすると『いや、どんなお店なのかなと初めて来てみたよ』と彼の心との会話。(ははは、、これはコントなのか?)
すると顔をあちらに向けてテーブルを拭いていたために、その一滴がそこに座っていた男性(老人)の半袖シャツの腕口に付いてしまった。「アッ、申し訳ありません。直ぐにお手当させて頂きます」と私は店のコーナーに何かを探しに行ったのだが、これと云った道具が無くて、やっとガーゼ布と縫いぐるみの付いたキーチェーン(何故だ?)をもってそこへ戻ったら、その男性はもう席を立ってしまって、見当たらなかった。
と、急に場面はお向かいのお店らしいゴルフ場販売カウンターのまわりであの男性と数人の人がぐるりと立ち話に花を咲かせているようだ。「いやね、向こうのカフェでコーヒーかけられてさ、手当も何もしてくれないのよ」というのが聞こえた。
『だから、そこへ行ったときには貴方がもう居なかったんですって』と不満やり方ない私。こういう風評がお店の人気、不人気に繋がるのだろうなぁとぼんやり思っていた。
####

唯それだけの話である。私の実家はカフェなどしていないし、それに何故あんなに店中にコーヒーがこぼれていたのという話だし、そして有吉って、、これはどうなの?笑
本当に夢というものは良くも悪くもシッチャカメッチャカで面白い。
でもそんな夢話をブログに載せる価値なんか無いのではないのと思っている方へ。
ごもっとも。
それでもブログに書く事が何もないよりは、良いかな、、との下心であります。許されよ。
☕☕☕

またの抗菌剤服用で味覚がおかしい。
今となっては食べる事だけの楽しみしか残っていないのに、私にとってのこれは唯唯シイ事態ではある。
食べる時までは空腹なのかどうかも解らないでいて、食べだすと「お腹がすいていたんだね」と思われる感覚がワッと寄せるのに、何を食べても「ン?これはこんな味だったっけ?」と思い、食べ進むうちに「まずいなぁ、もういいや」という気になってしまう。

そうか、今日で一月も終わりなのか。巷は今頃はバレンタインデーカラーなのだろう。
ドンが買ってきてくれたドーナッツ店でも商品は皆こんな感じなのだろうね。
ハート型のドーナッツばかり。
そのドーナッツを見て「何で♡形なのさ?」と不思議がるジョニーよ、アンタはロマンチストじゃないね。
私がその年頃だったら、何か嬉しくてワクワクしたものだけれどね。
小さな孫達にはバレンタインの縫いぐるみやら何やらを選ぶのも楽しかったものだ。
此方と日本でのバレンタインデーの様子はちょっと違うようだけれど、私が初めてバレンタインデーを知った昭和のその昔では周りは誰も知らなかったし、興味も無かったのが、今は日本でも巷隅々までがこの日に向けての商戦合戦もあるほどになったのですものね。
商法に寄る文化とはいえ、日本での文化の取入れには驚くものがあり、こうして時代が変わっていくのだから、それが良いとか悪いとかは無いと思われる。
世の中に楽しい習慣が多いほど、私は良いと思うもの。

♡♥♡♥



1/30/2017

雑談日誌

何処が辛いとか、此処が痛いとかいうのではなくて、何やら不調である。
ちょっと遠のいていたニャントリオも今朝は流石に何かが違うと思ったものやら、定期健診日なので、仕方なく寝室から出た私を、3匹でジッと注目して見上げている。
「あらまぁ、心配してくれてるんだ」とそれぞれの頭を撫ぜてやる。
イカイカなどは私の撫ぜようとする手をヒラリ、ヒラリ体をくねって交わしつつも、『触らなくってもいいよニャ~』という顔を見せていたので私が手を引っ込めると『って、冗談だにゃ~、触って、触ってニャ~』とにじり寄って来る。
ニャンコはDon't call me, I'll call you. (呼ばないで、私が呼ぶから)精神なのである。
🐱🐱🐱

COPDと云うものは完治する事は稀なそうで、慢性ゼイゼイが酷くなってきたみたい。
また暫く抗菌剤を取り直す必要があると処方箋が何枚も出された。
メディケア(米国老保医療制度)が無ければ、毎月の治療投薬費用はとうてい個人では賄えないものになるだろうから、新大統領がメディケアにまで口を出すようになったら、事は大問題になってしまうに違いない。
低所得者が受けられるようになったオバマケアなどにも、この新大統領は「より良い医療保険をもって入れ替える」なんて豪語しているけれど、パフォーマンスでしかないように思える。(そんな、良い案があるなら、たった今直ぐにでも持って来てみなさいよと全米国民は思っているはず)
ともすると、何かにつけ、直ぐにこの国の先の不安な暮らしを思うのが現地点でもある。溜息
🌼🌼🌼

今日は青空が広がる晴天で、少し肌寒いかと感じるのだが温度は20度台に違いない。
それ以下だと寒く感じて半袖を長袖に変えたりするが、余りそんな日は無い。
冷蔵庫の食料品が少なくなったけれど、スーパーに出掛ける気力がないので、ドンに何か夕食になるものを買って来てもらう事にする。
最近はドンはすっかり私のアッシー君ならず、アッシー爺の状態である。
で、ドンは言う。「何も頼られなくなったらお終いだものね」
そうだよ。私なんか、もう何にも頼られなくなりつつあるもの、、。
せめてニャントリオの頭撫ぜ撫ぜでも喜ばれる方がまだマシなのね。笑

☆☆☆☆☆

1/27/2017

雑談日誌

摂氏26度、27度と温かい日々が続いているのに、私と来たら、風邪でもひいているみたいに不調で、何故か肺炎菌が体内で暴れているらしくて、一昨日あたりからゼイゼイと息があがり、ゴホッ、ゴホッと咳が出て、体中に冷や汗ばかりかいている。
私が咳をしている時はニャントリオも私には近ずかないで、遠くから『具合悪いのかニャ~』と見ている。
慢性の気管支炎症状なので、大して気にはしていない。もうすぐ何時もの様に回復するだろうと気軽に考えていて、左程の心配無用の状態といえる。
倦怠感だけが私を駄目にしていて、昨日は一日PCを開ける事もしなかった。かと言って読書をするわけでも無く、ただぼけーっと過ごした私である。
📖📚📖📚

昨日新大統領が選挙中にも豪語していた”メキシコ国境に壁を作る”事を実施の発表があり、今のところは私達国民の税金で賄い、何らかの方法でメキシコからその資金を出させるという事らしかったが、来週にも渡米接見するはずだったメキシコ大統領がその無謀な強制に激怒して、その会見をキャンセルしたという会見動画を見た。
一連的にそうなるだろうと、思っていた私達国民は皆苦笑いだ。
メキシコ大統領が怒るのも解らないではない。
それにしても今でさえメキシコ大統領の国民支持率は低下している今、これから米新大統領はどうやって、メキシコを脅し、貶めるかが皆の注目の的である。
こんな時代遅れの独裁者的言動が許されるものか、無謀な権力というものほど恐ろしいものは無い。
☆☆☆

今朝、ユーチューブの動画を見ていたら、「ラジオフィッシュの曲は殆どが他のアーテストのパクリである」とあったので、今更ながらそれらを見、聞き比べてみた。
ふーむ、パーフェクト・ヒューマン、ウルトラ・タイガーとゴールデンタワーの3曲が3曲とも他のアーテストの作品と激似ではある。
しかし、そのどれもがラジオフィッシュの作品が抜きん出て良くできていると感じた。
ちょっと残念な気がしないでもないが、私の頭の中では”本物”は偽物の進化された姿となって残っているので、これはこれで良しである。なんて考えは身勝手すぎるか。
私には年代不相応な曲には違いないし、騒々しいのは解り切っているけれど、私には嫌いに成る要素は持たないのが返って、不思議なところでもある。
若者が無茶苦茶騒ぎをするのは嫌いだが、リズムにのって元気に踊る姿を見るのは気持ち良い。(私も若い時なら、一緒に踊っていただろうな。私はここがミーハーなのである)
♪♪♪

1/25/2017

雑談日誌

昨夜遅くに2009年にハドソン川に不時着した飛行パイロットの「Sully サリー」の映画を見たので、その事が頭に残って飛行機の夢でも見るかしらんと思っていたが、結果まるで関係の無い、ドレープスの生地を調達に行って、凄い明るい黄緑色のを選んで予約するというヘンテコリンな夢を見た。
色々なカーテン生地があって、青や黒の色とりどりの中から、2種類の厚手の生地の中から「部屋の色合いが黄緑なので、これを後日買いに来ます」なんて、私が言っていた。
(え?黄緑の色合いの部屋って、どんなの?)指定したのは凄いパッと明るい黄緑だった。変なのッ。
🌙🌙🌙

毎日、新大統領は何かとお騒がせをやってくれていて、就任5日にして、相変わらずの不人気ぶりである。
自己的で、自画自賛をして止まない人であるので、今更ながらでも、国民投票数が大差でヒラリーに負けたのが、悔しくてたまらないのだろう。
法に従って投票数を得て勝利したのだから、今も「ヒラリーが国民総評選出率は大差で私に勝ったのは違法入居者民が何百万もの違法投票をしたからである」なんて、何の物証も無しで、言い張っているのが醜い。
報道関係陣は「違法投票は犯罪であるから、今後の政治の為にももっと厳重に、そこのところを追及してはいかがか」と問われて、ゴニョゴニョ口を濁している新政府が滑稽そのものである。
☆☆☆

今朝は好天気なので、大空も清々しく、また家中の窓を開けて空気の入れ替えをしている。
昨日は一日中知らんふりしていたのに、今朝はまたキオニが大声で私を呼んでいた。
今日は私に甘えたい気分らしい。それに刺激されたのか、アシュリーまでが私についてまわっている。一体何が彼らの頭の中にあるものか、私の知るところではない。
その日、その時で行動が違ってるのが、彼等の行動に予想が出来ないもの。気まぐれニャンコ。
🐈🐈🐈

豆料理を嫌っているジョニーに、フリーフライドビーンにチーズを溶かして煮たのを固く揚げられたトティーヤにのせて、タコスビーフとレタスとトマトなどを山盛りにしたトスターダスを出してみた。
これが意外と気に入ったらしく、今まで食べたトスターダスでは一番美味しかったとご機嫌だった。これで彼は豆は嫌いとは言えなくなったね。
彼曰く「豆が嫌いなのでは無くて、ポーク&ビーンズのような豆料理が苦手なだけ」だという。
🍳🍳🍳

1/24/2017

雑談日誌

本当に良かった。稀勢の里横綱昇格。
今場所はあまり力を入れて観ていなかっただけに、日頃から応援していた稀勢の里が優勝という事で、心から嬉しく思った。日本人横綱誕生に沸いている事でしょう。
日頃から強い横綱白鵬との一番を動画で見たが、稀勢の里のその勝ちっ振りは素晴らしかったですよね。今後の将来も大活躍して行って欲しいものだ。
***

←昨日、今日とフェイスブックでは、新大統領就任式典ケーキが8年前のオバマ大統領就任式典でのケーキとそっくりに似せて作られていたという話が上がっていた。
ケーキをそっくり真似たところで、大統領人気が再現出来るわけでもないのに、、ね。
変な処を真似たがるのが可笑しい。(大統領選の際にはマラニア夫人がオバマ夫人のミシェルがしたスピーチをそっくり真似ていたしね)
それに、就任式でのスピーチも一部が映画のパクリであったり、何ともお粗末な話ではある。世界を動かす大統領が、こんな思考状態で良いものかと、多くの人達が案じているに違いない。
☆☆☆

オレゴン州ポートランドに出掛けて、人生で3度目の雪を見たと喜んでいる末孫のデイヴィッド→
雪を背景に嬉しそうだ。フロリダ産まれのフロリダ育ちだから、雪が珍しくてしょうがない。
雪掻きに追われている地方の人々には「何言ってんだか」と思われても仕方ない。なにせ、今の彼には雪景色はロマンチックなものと伺える笑顔である。
⛄⛄⛄

←今巷ではピンクプシーキャップというのが大流行である。
これは反トランプ派の女性蔑視を揶揄するニット帽であって、先日の反トランプ派行進ではこれを被った沢山の女性(中には男性も)地上に溢れて広がり、一面がピンクにも見えた。
これはトランプのように女性を性的につかんだりする、卑猥なヤツに反対抗議をするというものらしい。
先日もこんなのをせっせと編んでいる女性団体の面々がニュースで報じられていた。可笑しいね。
ピンクのニャンコ帽は可愛いけれど、これは’女性侮蔑視反対”の表現なんですって。ははは、、、。
🐱😹🐈


1/23/2017

雑談日誌

初めて以前に飼っていた猫のオニイチャンの夢をみた。
オニイチャンにしては少し瘦せて小振りだったので、あれはクロちゃんだったのかもしれないが黒いニャンコを撫ぜ撫ぜして肩に抱っこもした。体が柔らかく温かだった。
唯それだけの事であったが、何か癒された。

床の掃除をしながら、頭の中では色々な曲が流れていた。
日本の最近の歌曲は殆ど解らないが、響きとそのダンスの様子から、オリラジの「パーフェクト・ヒューマン」が気に入っている。(ラジオフィッシュというグループらしい)
世の中に完全なる人間なんかいるはずが無いのに、そこをワザと比喩してリズムにしているのが面白い。彼らの「ウルトラ・タイガー」というのをユーチューブで見て、とても気にいった。ダンスが最高。どれも自画自賛の曲であるところが、トランプ大統領の様に似ていて可笑しくもあり、これで一つに風刺的な働きも感じられるからなのか。
他のファンにはそう思われていないのだろうが、私には気分アップの曲である。

リズム曲ついでに、PPAPのピコ太郎が先日新作を発表していたが、私にはこれはいただけない。というのも、「OJ」という単にオレンジ・ジュースが好きという曲なのだが、私にはどうしてもオージェーシンプソンを思わせて、受け入れが出来ない。
フロリダ州はオレンジの産地として有名なので、この曲は大いに歓迎とおもわれるのかもしれないが、このアメリカでは今でもOJと云えば、あの妻殺人犯の事であって、(無罪判決の後に「本当は殺したのだけれどね」なんてふざけた自叙伝まで出した)どうしても許せない輩の姿を思い浮かべてしまうのだ。しかもピコ太郎の動画では手の平にそれぞれOとJが書き込まれているというもので、何とも嫌な気持ちを思い起こさせるのだ。
こんな殺人犯賛美にも聞こえる曲は流行らないで欲しいと感じるのは私独りじゃないはずだが、、、。それこそ、言論の自由の国だもの、何が認められ、何が認められないのかは私個人の思惑通りにはいかない。
🍹🍹🍹

一緒に写ってるけれど、彼女は特別な関係ではないと前書きがなされて末孫デイヴィッドがフェイスブックに女の子とのツーショットを載せていた。
同時にシャーンの方は、やっと出来た彼女とデズニ―に行って来たとの掲載がされていた。
ま、楽しくやっている事には変わりは無い。彼等が幸せであれば、私も幸せだよ。
🌼🌼🌼


1/22/2017

雑談日誌

いやぁー凄かったね。昨日の新大統領初日に向けての反新政権ラリーの様子が。
全米各市でそれぞれにデモ行進があったし、ワシントン特別区では百万人以上もの人々が集まって、平和行進があった。
バスや飛行機までも貸し切り総動員で各州から人々が集まったらしい。
新政府仕事始めのプレスコンフェレンスでは、どの様な意気込みを話すかと皆が見守る中、発表内容はこれからの時事での内容ではなく、「昨日の就任式の参加者の数が嘘の報道で少数であったと云われたのは心外だ、報道関係はこれからも嘘の報道を流さないように要注意するよう」だって。えっ、そこ?
これには全米が苦笑するほかなかったもの。私も大笑いした一人だ。
何と、筋違いな新政府だこと、、先が思いやられるね。
☆☆☆

先ほどからニャントリオの誰かが、ガタンゴトンと何やら物音を立てて暴れているのがリビングルームの方から聞こえてくる。
虫か何かを追っかけているのだろうが、まったく飽きないヤツである。
毎日が退屈でしょうが無いのだろうが、一応君達は野生では無いのだから、ちょっとは飼い猫風に(どんな?)振舞ってはくれまいか。
世の中には大人しく、優しいニャンコは五万といるのだろうが、ウチのニャントリオに限っては聞く耳を持たないのもニャンコというものかと諦めてニャと思ってるに違いない。
物を壊されようと、悪戯をされようと、見て見ぬふりをしてせめて「メッ!」と睨むのがせいぜいの私はニャントリオを飼う身というより、飼われている身なのかもしれないナ。
彼等に生かされている感じだもの。笑
😹😹😹


1/21/2017

雑談日誌

←はオバマ大統領就任式会場参加人とトランプの参加人員の比較。
昨日は新大統領の就任式をボイコットして夜までテレビをつけなかった。
遅いニュースでその様子が放映されていて知ったのは、さすがにトランプの不人気は一目瞭然であったという事実。(国民投票総数が低いのに勝者となったので、当たり前の現象ではある)
そして、来世にも語り継がれるだろう就任初スピーチといったら、、、お粗末とこれまた不評を呼んだ。
オバマ大統領のスピーチでは感動のあまり涙する人々が沢山見られたが、トランプのスピーチは幼稚で、どの言葉にも一つもの感動ポイントが無かったようだ。
一つだけ意見が合致していると云える事は、国民にとっても「これからの毎日が戦いである」という事なのかも知れない。(何を誰と戦うのは別として)
これから動画サイトで日本での受け入れ態勢を見る事となるのだが、私にはとても興味深いところである。
以前に安倍首相が「トランプは信用に値する人間だ」と発言していたのをみたが、今後の政治事情でその言葉をひっくり返す事態に陥りませんよう。(口先三寸とはこの人の為に存在しているのに気が付いてないわけでも無いのだろうにね)
☆☆☆

今朝もキオニは私の行動を一応監視してから、パテオに出て戻ると『ニャ~ぅ、オババは何処なのかニャ~~』と、知っているくせに、大声を出して見せる。
放っておくといつまでもニャ~ぅ、ニャ~ぅ言うのを止めないので、「なぁーに?抱っこして欲しいの?」と側まで行ってやる。
抱かれるのが嫌いなのに、わざと構ってチョーだい声を出すのは解っているので、一応嫌がるキオニを抱っこして椅子に座ると、何となく安堵の顔で私の手から逃れるのだ。
これを繰り返し毎日行うようになったという事は、キオニの頭ではこの一連の行動が一日で成すべき行動のルーティン化しているのかもしれない。

新大統領誕生で賛成派、反対派の沢山のT-シャツが世に出てきているが、昨日のフェイスブックの中では派閥統一化を唱えての事か↑の画像の様に「共和党、猫党、民主党」を示したT-シャツが販売されているのが、可笑しかった。
私は無論「猫党」である。これに同じで「犬党」とT-シャツもあるんですって。笑
🐈🐈🐈


1/20/2017

雑談日誌

上にあるように、「私にとっての何よりの贈り物とは、貴方が私の人生に関りを持ってくれた事である」というのが本心からの思いであるように、私には1月20日の今日という日は大事な日である。
「あぁ、今日は新大統領の就任式だからなのね」、と思った人は残念、間違いでーす。
はなっからそんなのはボイコットだもの。
🌷今日は大事な末孫デイヴィッドの20回目の誕生日なのだ。🌷
今朝早速フェイスブック経由で「お誕生日おめでとう!」と、あえて日本語のメッセージを送った。(日本人の血を引いているのを、常から自慢の彼である)
3人の孫達を分け隔ての無いように気を使って育てたと思うのだが、幼子でママと離れて育った末孫のデイヴィッドは「誰からも皆から愛されている子供」として育てたと、一番心近しいものを感じている。
フェイスブックには自分の誕生日のプレゼントとして西海岸のコロラド州まで友人に会いに行っているんだとか。(今日が誕生日ということもあって、ご厚意を受けてファースト・クラスで飛べたんですって。良かったね)

今日は青空の好天気。
ワシントンDCの一部だけが大雨になったら良いのに、なんて意地悪な事を考えたりしたが、この日にオバマ家族が濡れるのはしのびないと考えを変えた。
就任式参加者をはるかに超える100万人にもなる反トランプ政権デモが起こるらしい。
もめ事は沢山という思いには違いが無いが、私も若くて元気ならば、そのデモに参加したいくらいの気持ちはある。

就任式をテレビで観戦するつもりは毛頭ないけれど、今晩のアンチトランプ派のコメデイアンのナイトショーを見るのが楽しみである。(的確な政治風刺コントが見られる。笑)
トランプが大激怒のサタデーナイトやステーブン・コルバート、ビル・マレーなんかのコントショーを見るのが今から楽しみでならない。
オバマやヒラリーのように一緒に大笑いして風刺ショーを楽しんだりする事が出来ない器の小さい政治家や事業家はその事だけでも精神不安定を丸出しにしてしまうのが、更に可笑しさを増すのである。

1/18/2017

雑談日誌

起床後寝室で何やらしていて時間が過ぎたのだろう。キオニが階下から『ミワーオッ、ヮァ―オ!』と大声で私を呼んでいる。
「一体、なんて声で鳴いているんだかぁ。何なのォ?」とジョニー。
私には『早く降りてニャ―ォ!トトロオババ、ニャにしてるのかニャ~~ォ!!』に聞こえている。笑ながら「そんなに鳴かなくっても、キオニの声が聞こえてるよー。直ぐ降りるからねー」と応答する。
最近はニャントリオは2階の寝室まで来る事がなくなった。3匹共リビングルームから寝室を眺めて待機している。『こっちから迎えに行くんでは無くても、そちらからここに来てくれなきゃぁニャ?』と思っているようだ。(態度がデカイのだ)
その後、吸引機をしたり、朝食を取ったり、猫砂箱を掃除して回ったり、アヒル達に餌をやったりの一応が終わるのを、3匹はずっと私を監視しているのである。(じっと、見ている姿は、まさに監視という感じ)
毎日の私の行動はニャントリオに見守られているというより、監視されているノダ。笑
いつの日か、私が寝室から出ることがなくなったら、キオニはどう出るのかな。
🐈🐈🐈

ネットによって時差こそあれ、世界中の情報がみてとれるようになって、私も毎日の日本の情報番組を1日遅れで見ることが可能になったのが嬉しい。(この地と日本の時差は17時間) いつの日か今後は一般が普通に世界中が同時放送で繋がっていくのかもしれない。(もっともある筋では、もうとっくに同時情報入手になっているのだろうけれど。)

日本ではピコ太郎のPPAPというのが物凄い流行りなんだとか。
へーっ、と聞いてみたら子供の童話的なリズムが楽しいが、何故、これが大人の間でも爆発的に流行っているのかが、ちょっと私には理解出来ない。
ノリノリで、楽しく嫌な事も忘れてリズムに乗れるというところが多くの日本の方々に受け入れられたのでしょうね。
動画を見てみると、少なくとも嫌な気分にはなりませんものね。今年いっぱいは持て囃されるのかしらん。
ドンに動画を見せると、「何?子供の遊びソング?」という事で、いまいちピンとこない。ユーモア感覚がちょっと違う。
個人にもよるだろうし。私とドンには何方かと云えばトランプ騒動なんかの政治風刺のユーモアが大受けなんですが。今年一年はアメリカのコメディアン達にはネタ切れの心配はない。笑
日本では自虐的ユーモアは受け入れられても、政治風刺的なおちょくりユーモアは芸人にとっては絶体絶命なものですものとなる可能性がある。このユーモア方面でのちょっとした日本文化との違いがあるようだ。(新聞だと風刺漫画が受け入れられているんですけれどね)
もっともこの国では”言論の自由”と”虚言行動と暴力思考”を吐き違いしている人間も多い。
🌷🌷🌷

1/17/2017

雑談日誌

1月15日がMLK(マーチンルターキング)の日で、昨日の月曜日がその代休の祭日であったのだが、今年も恒例のバイク愛好家の集合行列運転の馬鹿騒ぎがあり、無論沢山の無法者が事故を起こしたり、路上暴走をして大混乱の様子がニュースでも報じられていた。
生前のMLKの平和行進は有名であるが、マイアミ周辺では毎年どうして、こんなヘルメットもつけず、ポップウィーリーやトリックライドをするバカげた暴走集会をやるのかが当たり前のようになったのかは、我等一般人には到底理解不能である。
何かの スポーツファン集会にしても、何らかの起訴行進にしても、大勢の大混乱に負傷者が出たり暴力行動をおこしたり、物を破壊したりの周りに迷惑をかける行動はやらないに越したことは無い。
取り締まりの警察や救急車などが大忙しの一日であった。
何時の時にも、何か騒動を起こしたくてウズウズしている輩は、多いのかもしれないが、この暴走は駄目でしょう。来年はやらないで貰いたいものである。(でも、やるんだろうなぁ)
🚴🚴🚴

昨日は久しぶりに長袖を着たビール販売カート嬢であったのが、今日はまた短パンノースリーブ姿に戻っていたので、外は熱いのだろう。
アヒル達が雨天の時には羽虫を探して何処かに行っているのだが、今日の好天気はまた我が家の周りで私の餌撒きを期待して待っている。
北の州では大雪に見舞われて、大変な暮らしを強いられているのがテレビニュースで報じられていて、こことは本当に別世界のようだ。(ここは只今摂氏27度)
もうすぐ20才になるフロリダ生まれ、フロリダ育ちの末孫デイヴィッドが先日のフェイスブックで昨年に他州訪問の際に初めて雪が降るというのに遭遇したと、自慢げに書いていたのが印象深い。
孫達がまだ子供の頃に、シカゴへわざわざ雪というものを見せに連れて行ったことがあるが、当時幼いデイヴィッドはそれを良くは覚えていないのだろう。
私は北海道生まれ育ちであるから、雪の体験談は多いが、カリフォルニア州生まれの夫、ドンは長くなりつつある人生でも雪の体験は少ない。
私の今までの生涯では、一番心に残る景色が夕暮れ時の雪明りが灯る冬景色であって、ハワイの紫の夕暮れ空と、フロリダの夕焼けバックの椰子の木に並んで、忘れえないシーンとなっている。私の心の宝である。
⛄🌊🌴

1/16/2017

雑談日誌

今日も曇りで蒸し暑い。亜熱帯性独特の天候と云える。
お隣のニャンちゃんのお下がり猫皿を見ていて、急にカメールちゃんの写真を見たくなって、画像検索をかけると、昨年には沢山出てきたのに、今日は一件しかヒットがなかった。→→(今は亡きお隣のカメールちゃんとミッドナイトちゃん)懐かしい。

それで、ウチの昔の飼い猫や飼い犬はどうかと調べてみると、どのキーワードを入れてもヒットが無かった。
そうか、もう一昔の画像はヒットするのが困難なのだね。
ウチにはネコと云う名の猫がいたり、イヌと云う名の犬もいたのだが、其の頃のブログサイトは今や消去されているので、画像を見る事も不可である。
棚の引き出しに古い写真がワンサカとあるけれど、それらを整理する気も無く、どうしても探し当てたいという気持ちも今は無い。
こうして多くの想い出は今や私の頭の片隅にのみ存在する事となる。
🌻🌼🌹🌷

キオニがパテオから家の中に戻ると、台所壁の後ろの椅子に座っている私の姿が見えないので、必ずミャーオと一声かける。(『ウチに入って来たよー、トトロオババは居るのかニャ~?』と云っているのだろう。)
そこで、私もミャーオと応答する。
いちいち挨拶無しでも良いと私は思っているのだが、キオニの小さい頭脳では「トトロオババは不在すべきでは無い」というような鉄則でもあるのだろう。
最近はすっかりお掃除ルンバに慣れたのか毎日オートで動く機械に注目しなくなった。
昨年はとても焼き餅を焼いていて、以前には睨んで付いて回っていたが、今は『ただのロボットにゃ』と理解したものか、私の顔と見比べたりはしなくなった。
ジョニーは動画サイトでも見るように、ニャントリオの誰かがルンバに乗って室内を回って欲しいと思っているらしいがアシュリーならまだしも、イカイカとキオニは体重があるから、どっしりと乗られたりしたら、ルンバが動けるかどうか、、。笑
🐈🐈🐈