7/24/2005

シカゴにて その2



翌日私は儀妹のヒ・ヨンを連れ立って家からそう遠くない歴史街道を散策する事にした。1800年代に建てられた豪邸は200年経った現在も威厳を顕にたたずんでおりその一角は時代が止まっているかのようでもある。
その幾つかの館はアンティークショップとなって歴史のガイドをしてくれる。3軒程まわり、その真ん中に位置した建物の中に入ろうとしたらドアが開かない。とても洒落た古式のドアベルがドアのとってにつけられているのを見た儀妹がドリリィン、ドリリィンとベルを鳴らしたが誰も出てこない。今日は閉店なのかもしれないなどと2人で納得して去ろうとした時、建物横ドア(多分御用聞き用の、又は奴隷使用人用なのかもしれない)から老婦人が「何か御用?」と怪訝そうに顔を出した。


あっ、ここはアンティークショップでは無いのだ。
「あまりにも素晴らしいお家なのでついドアまでお邪魔してしまいました。御免なさい。ご返事ありがとうございました。お写真撮らせていただきましたが構いませんでしたでしょうか。」と私。
「そりゃ構いませんけれどね。そう、、、。」とちょっと不機嫌ぎみに答えられた。多分年間を通し沢山の観光客がこうして間違えてドアに現れるのだろう。申し訳なかった。古くて素晴らしい建物だが冬の寒さをしのぐ光熱費や再建、維持費など膨大なものに違いないと何となく同情した裕福とはちょっと(ちょっとばかりではなく大いに)縁遠い私達の思いでした。

3 件のコメント:

kazuyoo60 さんのコメント...

日本なら、ちょっとした博物館のようなイメージです。これなら間違っても仕方ないですね。そのお宅の方にはお気の毒ですが--。
このお宅の維持は、大変だと思います。映画に出てくる邸宅みたいです。

チョコ さんのコメント...

私もkazuyoo60さんと同じことを思いました。
アンティークショップって感じですもの。
神戸の異人館めぐりを連想してしまいました。
歴史を維持するのに何か援助はないのでしょうか?
なあんて現実的なことを考えてしまう私でした。

フロリダの風 さんのコメント...

<Kazuyoo60さん>そうですよね。で義弟の家に戻ってから大きさでは同じくらいの彼らの家の維持の方がずっと易しいに違いないとの話に花が咲いたのでした。

<チョコさん>市制で標識やパンフレットに記載するくらいで所有家屋の維持費は故人もちのようです。もっともこのような家を代々で受け継いでいるか購入する事が可能な人達というのは由緒正しいとか裕福なご家庭なのでしょうね。