5/17/2013

今朝のQue Sera Sera

ティーンエージャーの頃というのは、その時期特有の内向的感情態度が強調され、お喋りだった幼少時代とは別人のように無口になり、他人のアドヴァイスに耳を傾けることなく、大人達を煙たがる行動に出るのには、それぞれの思いはありとしても、それは避けて通れない関門のような時期です。特に世代の違う私達夫婦を親代わりに持つ3人の孫達が、その時期を安穏と過ごしていくには少々厳しいものがあるのは察しられるところでもあります。

「いつの時もケセラセラよ。」と、つい自分の中で考えていた事柄の独り言がボソリと口から出てしまった。ゃやっ、しまったっ、またやってしまったもんね、アホな独り言。
それまでスマホでイヤホーンを耳につけて音楽を聴いてたらしい16才の若いディヴィッドが私に問います。「何、そのケセラセラって?」
「今ある暮らしを最大に楽しみなさいって事かな。色々思い悩やむより、いつの時もベストを尽くせばそれが人生というものだと云う意味かな。反省は向上につながるけれど、後悔は悲観にしか繋がらないって事。せいぜい今ある自分を大事にして、悩んでも、それを将来への経験として楽しみなさい。」
登校時の車の中なので、私の言葉がどうしても耳に入るという状況に、彼はあっさりと応えた。
「オーケー。僕は大丈夫。ケセラセラだ。」
今日はこれでも3言も喋ったね。「Now, smile!」と私。

1 件のコメント:

kazuyoo60 さんのコメント...

何度も聴いた曲です。テレビやラジオなどでですが。
ケセラセラ、どうしようもない時には、これが救いですもの。