6/27/2013

川の神様の話

真夜中にふと目が覚めて、まだ夢見心地の頭に幼い頃の私が映画のように現れた。
何故これまでに考えたことも無いそのワンシーンが浮かんだのかは皆目見当もつかない。随分に前に三井・住友系炭鉱は全て閉鎖されてしまった故郷の街。
今では少しばかりのスキー場観光路線に切り替えたことで辛うじて建て直しを行なっているのが現状だが、昭和前期のその頃当時は、そこそこに賑わっていて、炭鉱社員幹部家庭の羽振は子供心にも羨ましく映っていた頃がある。
私はというと、父が教員を勤める北海道、空知郡のその炭鉱町で、家中がガタピシと傾いた公務教員住宅舎で厳冬を迎えていた。
その宅舎たるものは、玄関戸や窓という窓と、縁側の裏戸までもが隙間風が吹きまくり、朝には各所に大小数センチもの三角州のように雪が積もっていて、それらを箒で掃きだすというのが冬の日課でもあった。
水道管が凍って水が出ないのを熱湯を注いで凍解するという作業が朝早く起きる母の一日の始まりであり、当時ハンドクリームやら化粧品やらを充分に使える状況でなかった事から、母の両手は痛々しいほどのひび割れが出来ていた。
しかし、そのような生活環境であったにも関わらず、私は実家が貧乏で苦しいとは感じたこともなく、それ以上に周りをみても私の生活は恵まれた家庭であると信じて疑わなかったし、時代が時代というか、当時の一般家庭というものは、その様なものだった。

当時はまだ医学的にも「アレルギー体質」なるものが如何なるものかを一般家庭で話題になる事は決してなかったので、体質的に合わない食があると云う事にはあまり気を配る事はなかったので、それは単に食物に対する「好き、嫌い」の分野でしか扱われなかったとのだと思う。
そして結果、多分その日の夕食が何らかの影響を私に起こしたのだと思われる事態になったのだ。
食後暫くしてもよおしの腹痛に襲われ、あわててトイレに駆け込むと、やはり腹痛をおこしたのか父がトイレを占領していた。後に調べて解ったのだが、私のアレルギー体質は父からの遺伝だったらしいので、これも納得なのだが。
青くなって震えていると、母が「外でやってきなさい。アンタは子供なんだから、川の神様も許してくれるでしょうから」と私の背を撫ぜた。
外は真っ暗でも怖いという感情は無く、まだ10才の私でも単に恥ずかしいという気持ちの方が強かったのだが、そこは背に腹は変えられずといったせっぱつまった心境になり、外に飛び出した。
まだ午後7時か8時になっていなかったと記憶するのだが、冬の外はもう真っ暗ながら、月明かりが一面の雪に反射してボンヤリと幻想的な風情をかもし出していた。
宅舎は通りから奥まっていて、周りには前後ぐるりと春から夏にかけて両親が耕す、自給自足を補う少しばかりの野菜畑と花畑があり、冬のその頃は一面の雪野原で、そしてその更に奥裏に雪目にも黒々としたペンケオタオシナイ(歌志内)川が淵の雪を溶かす勢いでゴーゴーと流れていた。
ズリ山やカムイの山頂から炭鉱町を通り、ずっと道内の石狩川本流まで流れるその川は炭汁を流して真っ黒な水で、他地の川というものが透明であるというのを私が知ったのはそれから後の事である。
その黒い川の流れを見ながら、しゃがんでいると、外の風景が月明かりで美しく感じられ、ついぼんやりと見入っていた。
と、その時ギュッ、ギュッと雪を踏みしめながらもんぺ姿の老婆の人影が私の側にやって来た。
私が居たその地点は道路から少し奥まっているわき道なので(家の私道のようなもの)他人がやって来るとは思わなかったので、しかも、私の姿勢は不自然そのものなわけで、気配を感じた時はどうしようかという恥じらいの念以外は浮かんでこなかった事もあって、私はそのままじっとしゃがんだ姿勢で川に向かっていた。
「何やってるの?」と老婆。多分、老女とその時は思ったのだが、、年は定かではないものの、その声が私にそう思わせたのだろう。
私は言葉も無い。
「川を見てるんだね。もう遅いから早く家に戻りなさい。危ないよ。」
そういって、モンペ姿は振り返ってまた、ギュッ、ギュッと雪音を立てながら来た方に消えていった。
月明かりがあったのだけれど、その人の顔は見えず、黒い影が側に来ただけの感覚なのに、怖いという気持ちは一切起きなかったのが、不思議と云えば、不思議なことであった。
数分後、家に戻った私に母が「川の神様にあったかい?」と云われて、「うん」と応えた。
こんな馬鹿げた出来事を、何故か急に思い出した。
川の神様はモンペ姿だった。


1 件のコメント:

kazuyoo60 さんのコメント...

今だったらアレルギー除去食なのに、当時はまだ知られてなかったのですね。もっと貧乏だったかもしれない我が家ですが、幸い、当時は日本中が貧乏だったので、僻み根性も湧きませんでした。
一家に何個ものトイレのある時代ではです。今なら2個以上のお宅も多いかな?。日本は小さい家が多いから、ざらにではないでしょうけれど。