10/23/2014

人形

ホラー映画は好きではない。
観賞後には何でもかんでも恐怖心におののかされるとか夜が怖くなるとか、精神的に虚弱になるとかそういう理由では無くて、ストーリーに無理があったり恐怖心をあおる馬鹿げた幼稚な細工や工夫を見知るのはつまらないと感じるからである。
それでも多分30代頃まではビクビクとしながら激しく驚いたり動揺したりするスリル感にある種の娯楽的快感を感じて多種に渡る恐怖映画、動画や読本などを観賞したものだが、いつからか脳科学を学べば学ぶほどそういった想像心に現実感が共わななくなってきて、冷めた目線で科学的論理と理性感を持って物事を見てしまう自分に気がつきだした。
科学では理解し得ない領域にあるからこういったスピリチャル的なものに人は惹かれるのだと云う事も良く解かった上で、不思議な事が世には起こり得るとは思っているが、今ではそれらを恐れおののくという感情はどこかに消え去ったように思う。
ホラーファンの息子が時々映画の新作を私達にもコピーしてくれるので、殆どの人気作品は一応見てきているが、この頃では「今回のは良いや。予告を見ただけでそれほど興味の無い内容の作品のようだから。」と断るようになってきて、その度に夫だけが何とは無く目を通したりする機会が多くなってきた。
そんな私が昨夜久しぶりにホラー映画を見た。
2014年8月公演の「Annabella アナベラ」である。
これは実話を基に作られた入魂の人形がその原作を成しているというので、一見の価値があるかと見ることにしたのだが、人形自体も本来の姿からはずっと変えられた怖い顔つきだったし《実物は普通に唯の可愛いラギディーアン人形)、話の筋もその数年前に実存のオカルト事件から持ち出されたもので、その映画の主人公さえ作り上げられた人物設定で、数箇所の人形に絡んだ実存事態は織り込まれていたけれど、(人形が移動するとか、メッセージを書いて残すとか)日本人形の和のホラーとは文化の違いというものが目に見えて、そこはちょっと面白かったかな。
私は以前に沢山の人形を収集していた時期があったので、ドンに聞いてみた。「私の人形達が怖いと思った事ある?」
「全く無い。皆可愛い顔をしてるし、僕が買ったのも沢山あるしね。」とのこと。
人形を怖がる人がこの世には多いらしい。
私はこの年でも大の人形好きで、今でも可愛いのを目にしたりすると買おうかななんて一時考えたりする。(今は、物を増やさないように購入は控えているが)
亡父が人形棚のある部屋で寝たっきりになっていたある日、痴呆症のいつもの明るい表情で「あの棚の人形が、話しかけて来る事があるよ。歌志内のみっちゃんだって云ってた。」といった事がある。
故郷に居る”みっちゃん”て誰なんだろう。
ちなみにその人形はとっても可愛い顔をした縫いぐるみの布製で、父も同居生活をしたことのある故郷の義姉がン10年前に私に持たせてくれた物である。
私にも話しかけてくる事があるのだろうか、としばしば眺めはするのだけれど、未だに何とも話しかけてこない。
私の人形達はどれも動きもしないし、話もしない至って無口で何事にも無関心なのかもしれない。
ふむ、、実に比べてみても、今いる3匹のニャン達のお喋りは大層なものである。

2 件のコメント:

michiko さんのコメント...

今まで不思議なことはほとんど無かった人生だけど・・・
最近、携帯電話を何気なく開くと
「もしもし」と女性の声がしたのです。
真夜中だし、びっくり!!
すぐに切れたので、発着信履歴を調べても無い!
札幌の叔母が入院してるから、もしかして?と
思ったけど連絡も無いのです。
私が寝ぼけてたのかなぁ~と気になってます。
不思議な話でしょ(笑)
私も年々、ホラーや残酷な映像は苦手になったよ。
美味しそうな食べ物や綺麗な景色をぼーっと
眺めるのがいいなぁ♪

Noriko Blalack さんのコメント...

Michikoさん、
もうなんか、新しい情報はよく頭に浸透しなくなりつつあります。脳のキャパシテイが満杯になってしまったようです。古い物から排出消却しない限り新しい情報はなかなか自分のものにはならない、と思っていたのは錯覚で脳細胞が少なくなっての今からは新しい物が入りにくくなっただけですね。笑
寂しいといえば、寂しいけれど、自然と云えば、自然なんですよね。