5/09/2015

母の日に想う

母の日、毎年のこの日は過去20年来を私は何やら複雑な思いで過ごしてきた。
1男の母親の私であるが、それと相まって同居していた息子夫婦の、そして7年後の彼等の離婚後も3人の孫達の誕生から日常の生活の全ての母親代理をしてきたからである。
嫁姑としての中が悪かったわけではない。それよりもどちらかと言えば巧くいっていたと思う。
ただ、私の心の中では、彼女が母親としての責任を果たさないのが不満であったことは否めない。
当時息子は他州に転勤在住であったので母親の彼女はシングルマザーとして3人の子供を独りで世話するのは難しいと、子供達を我が家に残して独りアパート住まいをしていた。直ぐ近くの同じ街の中であった。
そして毎週末は子供達を迎えに来て週末を一緒に過ごすというプランは、その後1週間おき、2週間おきとなり、ある時期には2ヶ月は顔を見せなくなった時期もあって私は彼女の親としての責任の無さと傷ついた子供達の心を思って少なからず腹立たしさも増していたある年の母の日の話である。
長女クリスティーナは小学高学年、シャーンは低学年で、デヴィッドは幼児園生であった。
学校では母の日の催し物やら、プレゼントつくりやらがクラスで連日行われていたようで、こんな時は母親を持たない子供には少しばかり辛い日であるに違いない。
「お母さんがいる人はお母さんに、いない人はお母さん代わりの人に感謝状を出しましょう」というテーマだったようだ。
ウチの子供達には母親がいるにはいるが、一緒に生活していないので、いったい何を感謝して良いものかが解らない。高学年になっていたなら「生んでくれてありがとう」とか「笑顔をありがとう」だとか気の利いた考えも浮かぶのだろうが、低学年のシャーンには何も思いつかない。
そこで隣の友達のをそっくり真似ることとした。
カードに記したのは「毎日お料理をしてくれてありがとう。」
事情を知らない私はカードをもって意気揚々と帰宅したシャーンの感謝状を見てついいわずながな事をいってしまった。
「え、あれっ、いつママがお料理してくれたの?」
顔を伏せてうなだれたシャーンをみてあっと思ったのだが、それは遅かった。
だって普通のママだと、毎日お料理をしてくれたり、身の回りの世話をしてくれるのが当たり前の様なのだが、我が家の場合はババがママ代理なんだから、家事も料理もババママの仕事である。
多分普通の家庭と違っている事が子供心にそれは何やら恥ずかしい事だったに違いない。
高学年のクリスティーナも私達夫婦が参観日に出席すると、なるだけ距離を置いて離れていたのでそれを知ったのは随分後のことだったようだ。

また或る年の母の日には孫達3人で私のベッドに朝食を作って運んでくれたり、或る年はおこずかいでママに特別なケーキを買って渡したり、我が家の母の日の行事はなんとも一貫性がない。
そして未だに毎年の母の日が近くなると、今年はどういう母の日になるやら、、と少しばかり心を痛めるのである。

ちなみに明日の母の日には友人のゲーム大会とかでオーランドに旅行するシャーンと友人と食事に出るディヴィッドは今日の昼食をママとお祝いするとのことで、最寄のレストランに出かけていきました。
クリスティーナは明日家にママを呼んで、ブランチをつくるといいます。
多分クリスティーナは私にも母の日のお祝いをしたいと家にママを呼んだにちがいないと夫が言います。
大人になった彼女はそれなりに母の日のお祝いを私にも気をつかっているのでしょう。

母の日はババの日ではないのだから、その日を特別気にすることがなくなるのはデイヴィッドがこの夏に大学進学で家を出れば3人の世話から全面的に離れることになる私の立場には有利に動く事となり、私は母の日を息子からだけ祝われるのが普通になるに違いない。
3人の孫達の母親代理お役目ご免になるのは嬉しくもちょっと寂しいと、当たり前なような、馬鹿げた思いをするのが私の母の日の在り方である。




1 件のコメント:

kazuyoo60 さんのコメント...

お孫さんたち、立派に成人してくださったのは、ひとえにフロリダの風様ご夫婦のおかげでしょう。傷つかれた分、思いやり豊かになられてると思います。