6/23/2017

グリーン先生って誰?

期待していたわけではないが、また面白い夢を見た。
昨夜の就寝前にはテレビでシリーズ番組ものの最終回を見たので、其のことが頭に残って夢に出てきそうだなと考えていたのが、案外そんな話はすっかり忘れ去られていたらしい。
くだらない夢なので、(夢は大抵くだらないものだよね)他人に話すのもナンダけれど、ちょっと少しばかりは現実性もあるかなとも考えた。
細部に渡って話すと長くなりそうなので、特に気になったところだけを書くとーーー
グリーン先生というアメリカ人青年が(これが、どこかで見た顔)私達日本人に何やら日本の文化を教えていて、日本の素晴らしい文化の古いゲームの一つが新しい数式の計算法を語っているという。面白い発想で、簡単な数式だと関心はしたのだが、その古い文化ゲームが中国が由来であると私は学校で教わっていたので、「先生、これは日本のものではなくて、中国のものだと私は学校で教わっています」と云うと、「そんなはずはない。OOO君(これがどうやら吉本企業芸人だ)が本格的に日本の文化だと教わったからね。」とグリーン先生は立腹の様子。
そこで、一緒にその講義を聞いていた仲間の日本人学生達にも問うと「これは誰しもが日本人であれば歴史上の教育で学ぶもので、中国由来の文化のものと云われています」と答える。
日本文化のものであると言い張るグリーン先生は立腹のあまりに外へ出てしまった。と、思うと、そこでサイドビジネスをしているらしく、そのゲームのキャラクター人形などを販売していた。(笑)
そうこうしていると、私の家族(らしき人)が現れて、私に何があったのかと問うので、一応の説明をしようとしたら、なんと、私の頭は空っぽになっていて、いま話していた誰もが知っているであろう有名人である先生の名前が浮かばないのである。
私のしどろもどろの状態に「とうとう痴呆症になってしまったんだ」と家族は判断をし、これからの介護をどうしようかと話し合う始末だ。
私は慌てて「いや、たった今痴呆症になったわけはないでしょ。あの先生の名前を度忘れしただけでしょうが。えーと、今解るからネ。えーと、エーと、ああ、グリーン先生だったよね」とやっと思い出してホッとする。
そのホッとした感覚で、目が覚めた。頭の中にはまだ怪訝そうに私の顔を疑いみる家族の残像がある。
文化と教育と、人種と職業と、過去と現在と、何かごっちゃ混ぜの夢だったね。
結局この夢から解ったことは私が痴呆症になるのを大分に恐れているという事だ。
専門家の話では、夢には特別に意味はないそうだ。
その意味の無い事を書いているこの私にも特別に意味はない。(笑)

🌈🌈🌈🌈

凄い凄い!藤井4段!!
親御さんはさぞかし自慢な事でしょうね。
いいですねぇ。
人間が出来ていますよね。生意気盛りの年令だというのに、おくゆかしいというか、しっかりしているというか、それでいてちっともおごりを見せないところが何ともいいね。
ハキハキした元気ティーンは嫌いじゃないけれど、こういった素晴らしくて才能を持ち、落ち着きをも備えた人間というものに日本人特有の良さを感じる。
何時までもこのままの天才少年であって欲しい。応援してますよ!
将棋と云うゲームを解しないこの国では一つもの話題性はないが、ゲーム自体を知らない私でも彼の凄さは解るよ。↑いい笑顔だね。

☖☖☖☖

大袋の猫の餌をドンが買って帰ったので、残っているカリカリを袋ごと持って行って、アヒル達に撒いてやった。
ずっと私の行動を目で追っていたキオニは、私が家の中に戻ると『にゃ~~、なんでおいら達の食べ物をアヒル達にあげちゃうのかニャ~~』と怒っているらしく、暫くにゃ~~にゃ~~と私やドンに訴えていて、シャーンが階下にくると走り寄って行って、同じくそれらしき事でにゃ~にゃ~と文句が止まない。
パントリーから新しい餌を出して与えるまで、ニャンニャンと騒いでいる。
「アンタはケチかっ。家族の無いアヒル達に少しの餌を分けたからと云って文句言うなんてね。いいじゃないの。アヒル達にあげてニャンコ達にはあげないという訳じゃなし。あるものは分かち合うのが正しい生き方だよ」なんて、解らないと知りながら真面目にキオニに説教する。(笑)
どうせ解るはずもなく、分け解らないニャンコを真顔で相手にする私は、やはりアホなのかもしれないナと思いつつも会話(?)を止めるわけにもいかない。
(キオニは側のタイル床にひっくり返ってまだ文句をいってる。何なのだ、しつこいね。)

🐈🐈🐈🐈

テレビ番組を見ようとして、側のパソコンを閉じようとすると、ガリンッと音がして、フタのフレームが壊れた。ㇾレッ。
プラステックのフレームが古くなって、壊れやすくなっていたものやら、、困るよー。
一応古いこのPCだって、今買い替える余裕は無いもの。
まだ普通に使えるようだから、フタを閉めないままで保存しなければならないけれど、仕方ない。
何かが壊れて直ると、また直ぐに何かが壊れてしまう私の運命、これをアンラッキーと云わずに何といえようか。(ちょっと大袈裟にいってみた 笑)

長い人生、良い事も悪い事も、直ることも壊れる事も、何でもアリだ。そして、その一つ一つに一喜一憂するのが人生というものだね。(私はまだ生きているという証拠だョ)

🌻🏠🌻🏠

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