8/09/2018

ある雌ボスとの話

この2,3日は朝から台風13号の動きと日本ボクシング連盟の山根会長の辞任の話で持ち上がり切っているようだ。
台風13号はやっと北海道に上陸とはならず太平洋沖に去っていったようで、少し安堵した思いである。
日本ボクシング会の話としては少しの進展を見られたように思えるが、私個人が思うのはこんな任侠じみた浪花節人間が今でもまかり通ていたのかとちょっと驚いている。
情報ニュースを見ながら、ああ、私の人生に於いてもこのように産まれつきの強気人間との接触があったなと過去の事を少しながら思い出していた。

18才で上京するまでに道産子としての考えも何もなかった私が初めて関西の人達との交流に少なからず面食らったものだ。
寮生仲間に大阪出身の「関西のパチンコ業界の創始者の一人娘で自称箱入り娘」とやらと付き合いを持ったのだが、当時の彼女は他県出身者を全般的に見下していて私個人に対してはトコトン「ダサイ、田舎者」としての扱いを受けたものであった。
18才の当時はそんな彼女の私に対する言動が特別腹が立ったりはしなかったのは、初めてそれぞれのご当地文化というものに自分を合わせようとしていたからなのか、特に色々な見下し言葉を浴びても「あら、そう」としか思わずに特別な態度を取らなかった自分に満足していたものだ。
彼女との一年間の付き合いの中で何かあるごとに一言二言「アンタは品がない」「貧乏人だねェ」「センス丸でなしの女だよ」「私が貴女でなくて良かったわ」「いいとこ一つも無しだね」などと言われ続けてきたのだが、それでも私は左程気にしないで付き合ってきたわけだが、それは私の中では彼女を品格のある淑女とは認めていなかったからである。彼女は寮生仲間でもボス的存在であったのかもしれないが、私にしては馬の耳に念仏的に彼女の言葉を受け流してきたのである。対等に話してはいなかったのかもしれないが、私は彼女にいかほどのリスペクトの気持ちをもって接していなかったように思える。
その雌ボスとの関係は一年間の寮生活だけの付き合いで終わったのが幸いであり、今は彼女がどこでどうしているものやらも考えることは稀である。彼女があの難波の雌ボスの性格のままで暮らしていたとしたら、この年になっては自分が低能で幸せ人間でなかったと思いながら生きてきているものかもしれないと思うと何か哀れを感じてしまった。
友達という間柄の人間が少ない私であるけれど、そのことが人生のマイナス要素を作っているとは思っていない。

今になって「あの頃はどうしてあの人と付き合ってきたのだろう」と思う人間が何人かいる。今それらの人々と付き合わないことで私の人生はストレスフリーとなっているのだろうと思う。その人々が懐かしいとか、付き合いがなくなって寂しいとかは特に考えたことはないのは、思うに、それはお互い様というか、往々にして多くの人々も私という人間と左程の繋がりや関係性を重んじていないからなのだろう。
世間や社会に無関心になろうというわけでもなく、格別素晴らしい賢人になろうとも思わないけれど、他人を見下す人間にはならないように生涯を終えたいと思う私である。

自然界台風も権力を振るう台風人間もどちらも大変に迷惑な話であるのには違いは無い。

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昨日のカーナーはとてもご機嫌で元気いっぱいであった。
ママと過ごした一日は何故かとても不機嫌であったそうかでこちらでは大丈夫だったか心配していたのがちょっと意味不明と思ったりした。
予定していなかったのだが、今日もカーナーが来るというので、私は歓迎して受けようと返事した。今週も3連シッターとなった。

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